Column2017/01/26

【Column-033】 [光り輝く街で-22]  『ユーティリティ』

 細貝萌が厳しい境遇に立たされている。VfBシュトゥットガルトはウインターブレイク期間を利用してポルトガルのラゴスで強化キャンプを張り、チーム戦術の成熟に努めた。ハネス・ヴォルフ監督は自らのサッカー哲学を選手たちに植え付けるために精力的に指導を施したが、その中で細貝はキャンプ直前の1FCケルンとのトレーニングマッチで左足ふくらはぎを打撲して今季3度目の負傷をしてしまった。ただ、今回のケガは深刻な状況ではなく、ポルトガルキャンプの途中にはチームの全体練習に復帰し、トレーニングマッチでもピッチに立った。

 

 今の細貝が抱える悩みは度重なる負傷についてではない。ヴォルフ監督のチーム練習に加われずにリハビリを積んだ影響で、彼のチーム内での序列が不透明になっている点が気がかりなのだ。

「打撲した箇所は良くなって、まだ少し違和感はあるけども、プレーには全く支障はない。監督からも『コンディションは悪くない』と言われているからね。ただ、ケガをした後に復帰してからの、自分のチーム内での立場に変化があった。最近、ボスニア・ヘルツェゴビナ代表のセンターバックがイタリア一部のクラブに移籍した。今のチームにはCBに世代別のドイツ代表とフランス代表の若手選手、そしてポーランド代表選手がいるんだけども、ボスニア・ヘルツェゴビナ代表の選手が抜けてしまったことでCBの人材が足りなくなった。今のチームのシステムは4-2-3-1だから、練習の時にはお互いのチームにCBがふたり必要になる。そこで応急処置的な意味もあり僕がCBを務めることになった」

 

 

 細貝は元々ヘルタ・ベルリン在籍時代にもセンターバックでのプレー経験がある。守備面のユーティリティ性が高い彼は他にもサイドバックで起用されたこともあり、どんなポジションでも順応できる聡明さを備える。

「ただ、自分がCBでプレーする際に、本来8番の役割をする(ドイツサッカーの概念で、8番は攻撃的MFを指す)スイス世代別代表のアント(グルギッチ/スイス国籍のMF)がアンカーを務めることになって、僕が同じチームでCBの位置から彼にアンカーの役割を指示するようになった。そうするうちに、だんだん僕のCB、アントのアンカーが固まっていって、今の僕はCBのポジションで常に練習をしている」

 

 常にポジティブに物事を捉えようとする細貝は、現在与えられているポジションを全うしようと意気込んでいる。

 

 「CBはどうしても身長が必要なポジション。それがドイツサッカー界での定説で、ブンデスリーガでプレーし続けるには、そのフィジカル面が重要視されることは十分分かっている。でも、その難しさも含めて、僕は今、CBでプレーするのは楽しいと思っている。元々バックラインの最後尾でプレーすることは好きだったからね」


 

 しかし、それでも今の細貝には危機感がある。チーム内での自らの立場を鑑みた時、果たしてこのままCBのポジションでプレーし続けて未来を見据えるのだろうか。


 

「正直、今の自分の立場は控え組、しかもCBの4番手という評価なんじゃないかな。。その点については……、ね。本職としてきたボランチのポジションでプレーできないとなると、果たして自分の力をどれだけ評価してくれるのか。その時その時の監督に認めてもらうために努力するのは当然だけど、今は新しいポジションで自分の力をもう一度示さなきゃならない」


 

 誤解していたことがある。『ユーティリティ』という言葉についてだ。『ユーティリティ』とは英語で「役に立つもの」、「有用性」、「効用」「公益」などの意味を持つ。サッカー界では主にポジション適正、戦術理解などが高い選手を評価する意味合いで用いる言葉だ。細貝もこれまで『ユーティリティ』、もしくは、かつてイビチャ・オシム監督が評した『ポリバレント』(ポリバレントとは、化学用語で『多価』という意味。オシム監督は複数のポジションをこなすことのできる選手という意味で上記の言葉を用いた)という言葉で認識されてきた選手でもある。もちろん細貝自身は周囲の評価を受け入れ、自らのストロングポイントとして、それを受け入れてもいる。しかし一方で、自らが追求し続けるチーム内での役割と存在意義を決して失ってはいない。

 

 先日、日本の沖縄県でキャンプを張るJリーグの浦和レッズを取材し、21歳の関根貴大選手に話を聞いた。現在の彼が浦和で与えられているポジションは右、もしくは左のサイドアタッカーだ。どちらか一方のサイドではなく両サイドでプレーできるユーティリティ性は、チームでスタメンを奪取するための優位な武器にならないかと話をした時、彼は大きく首を振ってこう言った。


 

「いや、僕は逆に『右でも左でもプレーできる』と評価されると中途半端な立場に置かれる危機感があるんです。つまり、どちらのサイドでもスペシャルじゃなく、そのポジションの優先順位がトップじゃないということ。もちろん、様々なポジションでプレーできることが武器になる選手もいます。でも、そういう選手は元々スペシャルなポジションでの実績もあると思うんです。例えば阿部(勇樹)さんはボランチが本職で、その上でリベロやストッパーもこなせる。でも、自分は確固たるポジションをまだ確立させていない。だから今の僕は『ユーティリティ性がある』と言われると、逆に困ってしまうんですよね」

 細貝の場合は若い関根とは異なり、Jリーグ、ドイツ・ブンデスリーガ、トルコ・シュペルリガで長年築きあげてきた確固たる実績がある。彼は様々な国で、トップリーグで、ボランチ、ストッパー、サイドバックと多岐に渡るポジションを与えられ、その都度結果を出してきた。それでも、おそらく細貝は現状に危機感を覚えている。そして関根と同じように、特定のポジションでスペシャルであることを希求しているのではないか……。

 正念場を乗り越えられるか否か。ブンデスリーガ2部後半戦。チームが1年での1部返り咲きを目指す中で、細貝はチームと自らの両輪で結果を追い求めねばならない。