Column2019/05/12

【Column-068】 [微笑みの国で-05]『古巣との邂逅』

 

2019年5月7日。空が夕陽で染まり、辺りが暮れる頃。タイ東部のブリーラムでは熾烈な戦いの幕開けが迫っていた。

AFCアジア・チャンピオンズリーグ・グループGの第5節。ホームのブリーラム・ユナイテッドは日本のJリーグに所属し、昨季の天皇杯で優勝してACLの出場権を勝ち取った浦和レッズを迎え撃っていた。ブリーラムは4試合を消化した時点で1勝3敗の勝ち点3。全北現代(韓国)、北京国安(中国)、そして浦和の後塵を拝して最下位に沈み、この試合で勝利しなければグループステージ敗退の危機に晒されていた。

 

ブリーラムの名物オーナーであるネウィン・チットチョープ氏が試合開始直前の円陣でコーチングスタッフと選手に発破をかけるべく号令を施す中にしかし、細貝萌の姿はなかった。彼はシーズンイン前後のコンディション不良の影響でACLグループステージに出場する登録メンバーから外れ、チームの戦いを外から見守ることしかできなかった。

「試合はベンチ脇のスタンドから観ていたよ。今の自分の所属チームのホームタウンに古巣の浦和レッズが来たことに、とても不思議な感覚を抱いている。こんなことを経験するのは、それほどないと思うからね。自分はコンディションの問題でACLのメンバーに入らなかったけど、今はリーグ戦やカップ戦で常時出場を果たしているから、率直に言って、この浦和戦には出場したかったなという思いが募った」

 

オズワルド・オリヴェイラ監督体制の浦和には、細貝と同年代や、かつてチームメイトとして戦った選手たちがいる。

「(興梠)慎三、周ちゃん(西川周作)、森脇(良太)は俺と同い年。マキ(槙野智章)、宇賀神(友弥)はひとつ下で、今も頻繁に連絡を取り合う仲だね。また(鈴木)大輔は去年まで柏(レイソル)で一緒にプレーしていた仲間だから、彼のプレーにも注目していた。この日のブリーラムの気温は34度前後で、普段ここで戦っている僕らからすると普通の気温なんだけど、浦和の選手たちにとってはやっぱり厳しかったようで、多くの選手が『ヤバイ(気温だ)ね、普段これでやってるの!?』と言っていた」

 

それでもホームのブリーラムは試合開始僅か3分で浦和に得点を許してしまう。チームメイトのプレーをスタンドから観察していた細貝は、もどかしい思いを抱いたという。

「リーグ戦で国内のチームと試合をするときよりも、浦和とのゲームの方が今の僕らの課題がよく見えたように思う。今のチームはバックラインとボランチの間のスペースを埋めきれなくて、やっぱり浦和にその局面を攻略されてしまった。ディフェンスの数は揃っているのにフリーでボールを持たれるのは、しっかりと相手に付けていない証拠でもある。単純に後ろの人数を余らせているだけでは浦和のようなチームには簡単にやられてしまう。それを目の当たりにして、今後自分がピッチに立ったときに、どのようにチーム全体を修正しようか考えていた」

 

国内のリーグ戦では、試合中にボランチの細貝が何度も声を張り上げて仲間へコーチングするシーンが見受けられた。チームの問題点、課題点を捉えている彼としては、チーム全体が共通理解を備えて改善を図らねばならない必要性を痛感している。

「当然自分だけがアクションを起こしてもチームは変わらない。ピッチに立つ選手全員が問題点を理解して、それを修正する努力をしなければ改善はされないと思う。他の選手が思うこともたくさんあるだろうしね」

 

今のブリーラムは細貝やペドロ・ジュニオール、キャプテンのスシャオ・ヌットヌムらの経験豊富なベテランもいるが、大半は20代前後の将来有望な若手タイ人選手が主力を占めている。外国籍選手の助っ人としてチームに加わった細貝は、そんな彼らのプレーレベルを引き上げてチーム全体の底上げを図らねばならないことも理解している。

「浦和戦で途中出場したFWのスパナット(ムアンタ)なんて、まだ16歳だからね。他にも20歳や21歳くらいの選手がスタメンを張る中では、国内での戦いはまだしも、ACLのようなアジアの舞台では、まだまだ経験不足が露呈してしまう」

 

 一時はペドロ・ジュニオールのゴールで同点に追いついたブリーラムだが、結局再び突き放されてホームで1-2と敗戦してしまった。その結果、決勝トーナメント進出の可能性が途絶え、グループステージでの敗退が決定した。

「もし決勝トーナメントに進出できていたらトーナメントのメンバーに登録されて自分も出場できるチャンスがあったけど、それも叶わなくなった。でもチームはまだ全北現代とのアウェー戦を残している。たとえ次のステージへ進めないとしても、最後まで大会を戦ってなにかの成果を得なければ前に進めない。浦和の選手たちも慣れない酷暑の中で後半途中からはキツそうだったけど、それでもしっかり勝ちを掴んで日本へそれを持ち帰った。その点では、僕らと浦和にはまだまだ大きな力の差があったと思う」

 

5月も中旬になると、タイには雨季が訪れる。高温多湿であることに変わりはないが、そこにスコールなどの嵐が加わり、複雑な気象条件の中でのプレーを強いられる。

「スコールに見舞われればグラウンドが濡れるけど、その雨量によっては経験したことのない劣悪なピッチでプレーする可能性もある。その場合はサッカーのやり方を変える必要もあるわけで、その都度対応していかなきゃいけない。タイのリーグは中断無く11月まで絶え間なく進んでいくから、常にコンディションを良好に保って戦い続けたい。今痛めいてる箇所もどうにかしないと……。この敗戦でアジアでの戦いは終わってしまうけど、今後も重要なリーグ戦やカップ戦が幾つもあるからね」

 

久しぶりに旧友たちと触れ合ったからだろうか。細貝の声には生気が宿り、次なる未来へ向けて意欲をたぎらせているように感じた。