Column2016/09/16

【Column-018】 [光り輝く街で-07]  『青天の霹靂』

 

 VfBシュトゥットガルトはミッドウィークにオフ日が設けられている。例えば週末の土曜日に試合がある場合は、水曜日に完全オフ日を設けられることが多い。こうなるとオフ明けから2日後にゲームを行うわけだから、選手によっては十分に休息できないと苦情を漏らす選手もいる。しかし細貝萌は、変則的なオフ日はまったく気にならないという。

「シーズン中は普段から完全に身体を休めたり、オフにも全くトレーニングをしないってことがないから、週中にオフがあるのも全く気にならない。自分は夜遅くまで外を出歩くこともないし、お酒も飲まないから、いつオフが設けられてもやることは一緒だしね」

 細貝はヘルタ・ベルリン在籍時代に、現在の監督であるヨス・ルフカイの下でプレーしている。しかしヘルタ時代のルフカイ監督はミッドウィークにオフを設けていなかったらしい。

「監督は、シュトゥットガルトに来てから週中にオフを設けるようになったね。監督も今の環境やコーチングスタッフなどと話しあって、様々な事を考えて決めていたんだと思う」

 今週のオフ。細貝は市内散策に大半の時間を費やした。シュトゥットガルトに移籍してから今までの約1か月半は住居が決まらずにホテル暮らしだった。しかし最近ようやく街中に住居が決まり、その周辺を散策してこれから来る家族のために飲食店やデパート、スーパーマーケットをリサーチすることにした。家族が来る日に向けて、細貝は意欲的に街中を散策した。

 

「新居を決めるときには最低限の散策はしていた。この住居のすぐ近くには食料品のスーパーマーケットもあるし、ご飯を食べるお店もたくさんあるから、とても便利なところだと思う。別にホテル暮らしは苦じゃないけど、やっぱり自分らの住む家が決まれば気持ちも落ち着くからね。今は住居の周りを歩いて、いろいろなお店をリサーチしているところ。この前はドイツ料理の店も行ったし、メキシコ料理屋さんもあった。そのメキシコ料理屋さんは結構若者がたくさん居て繁盛しているみたい」

 

 オフ明け翌日。チームは練習前に全員で昼食を摂る予定になっていた。クラブハウスに集まり食堂へ向かうと、ルフカイ監督の姿がない。クラブハウスの入口に多くのメディアが集まっている、いつもとは明らかに異なる雰囲気に異変を察する。何人かの選手たちが自らのスマートフォンでネットサーフィンする。そこでは、フラッシュニュースでルフカイ監督の辞任が告げられていた。その直後、緊急ミーティングが設けられ、ヤン・シンデルマイザースポーツ・ディレクター(以下、SD)から選手に向けて正式に、ルフカイ監督がチームを去ることが発表された。

 

細貝が言う。

「自分がここに来てから、チーム内の異変は特に感じなかった。でもここ数日のメディアからの発信で、SDと監督との間で意見が合わなくなっているという情報は少しだけあったみたいだね。それでもシーズン開幕から、まだリーグ戦4試合しかしていないのに監督が辞任するなんて想像できなかった」

 

 細貝にとってルフカイ監督は恩師である。Jリーグの浦和レッズから初めて海外へ渡り所属したのはルフカイ監督率いるアウグスブルクだった。ドイツでは全くの無名だったアジア人選手の能力を見抜き、ブンデスリーガの舞台に立たせてくれた指揮官に対して、細貝が特別な感情を抱くのは当然のことだ。特に今シーズンは苦汁を舐めたヘルタからの移籍を決断し、1部のクラブを含め数多くのクラブから獲得オファーを受ける中で、あえてブンデスリーガ2部に降格したシュトゥットガルトを選んだ。その要因のひとつにルフカイ監督の存在があったのは疑いようのない事実だ。

「もちろん、ルフカイ監督がチームを去ることに残念な気持ちがある。ただ、今回はチーム成績が落ち込んでいるから監督が解任されるわけじゃないんだよね。リーグ戦は2勝2敗で、確かに良い成績じゃないけど、それでもシーズンは序盤で、これから着実にこのメンバー、このチームで成長を果たしてくと確信していた。でも監督の立場から考えれば、クラブの中枢にいるSDやチーム側と意見が合わなければ自らの仕事が難しくなるのは当然のことだと思うし、そこで方向性が違うのに妥協して仕事を続けることはプロとして難しいと思う。監督の考えは心から尊重したいと思っている」

 

 細貝はこれまでもシーズン中の監督交代を経験してきた。浦和では2008シーズンの初めにホルガー・オジェック監督が解任され、コーチだったゲルト・エンゲルスが後任を引き受けた。そして2014―2015シーズンのヘルタではルフカイ監督が解任され、パル・ダルダイ監督に指揮官が委譲された。ダルダイ監督は就任初日から細貝をベンチからも外し、戦力外の烙印を押して自身の立場を示した。その後、苦悩の中で細貝が求めた新天地はトルコだったが、『緑の楽園』ブルサスポルでは2度の監督交代があり、細貝は不安定なチーム状況の中で自らの役割に努めた。

 ただ今回、細貝は今まで以上に胸を痛めている。

 恩師との邂逅で再びブンデスリーガの舞台に戻ってきた。戦いの場は2部とは言え、シュトゥットガルトは名門の名の下に1年での1部返り咲きを目指している。細貝がルフカイ監督から与えられたポジションはボランチ。三十路を迎え、チーム内でもリーダー的立場になった彼は、初めての海外挑戦を果たした浅野拓磨(イングランド・プレミアリーグのアーセナルからレンタル移籍)と共に古豪復活の任を背負い、モチベーション高くトレーニングに励んでいた。開幕直後に負った左もも前肉離れも完全に癒えた。ここから反攻の時と捲土重来を期していた矢先のニュースに、さすがの彼も落胆している。

 

「でも、どんな環境でも、自分は戦い抜く。それがプロサッカー選手の勤めだし、自らに課せられた使命だからね。でも、ルフカイ監督とは、やっぱり一緒に戦いたかったのが正直な気持ちだよね。リーガ開幕戦のザンクトパウリ戦の90分間。そして負傷して途中交代した第2節・デュッセルドルフ戦の11分間。ルフカイ監督とは、この101分間しか一緒に戦えなかった。それはひとりの人間として……、正直言って寂しいよ」

 一心に前を見据えながら、それでも細貝は正直な気持ちを吐露した。

(了)