Column2016/10/16
VfLシュトゥットガルトはドイツ・ブンデスリーガ2部第8節のグロイター・フュルト戦で4−0の大勝を果たした。前節のVfLボーフム戦(△1−1)から指揮を執ったハネス・ヴォルフ新監督にとっては順風満帆なホーム戦勝利だ。試合では新戦力のカルロス・マネが2ゴールし、同じく新戦力で20歳のDFベンジャミン・パヴァードも初先発で素晴らしいプレーを披露してチームの勝利に貢献した。マネとパヴァードはイングランド・プレミアリーグから期限付き移籍した浅野拓磨と同時期にクラブが獲得した若手有望株である。ユース年代のチームで高い指導実績を誇るヴォルフ監督からすれば、彼らの起用は自らの手腕を誇示する格好のモデルケースになった。ちなみに浅野は日本代表に招集されて日本とオーストラリアへ遠征した影響で、グロイター・フェルト戦は欠場している。
細貝萌は当初、恩師であるヨス・ルフカイ監督が突如監督を辞任したことでチーム内での自らの立場にどんな変化が生まれるのかを不安視していた。だが、35歳のヴォルフ監督は当然のように細貝をアンカーポジションで先発起用して信頼の証を示した。そして細貝から見たヴォルフ監督評も、非常に好意的なものだった。
「新監督は初めて会った時にもよく話をしてくれて、その後も良い関係性を築き上げられていると思う。僕よりも5歳年上なだけの指揮官というのは初めての経験だけど、何の違和感もないし、要求されるものが出来ればまた1つレベルアップ出来ると思う」
しかし新監督の就任によって、チーム内には別の作用が働いていた。それは、新たなる競争と闘争の勃発である。
チームの最高指揮官が代われば、当然所属選手の評価も変わる。前任のルフカイ監督の下で高評価を与えられた選手でも、ヴォルフ新監督がスタメンリストに名を記すとは限らない。実際にグロイター・フェルト戦ではエースFWのシモン・デロッデの負傷欠場でマネにチャンスが巡ってきたし、ボスニア・ヘルツェゴビナ代表のトニ・シュニッチに代わって前述のパヴァードがセンターバックで初先発している。こうなれば、日々の練習でもプレーが激しくなる。弱肉強食の世界と言われるヨーロッパサッカーの土壌ではその傾向が一層顕著になるだろう。しかも指揮官は35歳と若く、アピール次第ですぐに収入に直結するスタメンを確保できる可能性があるとなれば、選手たちの目の色が変わるのも無理はない。
ブンデスリーガ2部第9節のディナモ・ドレスデン戦を控えた2日前の練習で、細貝とあるチームメイトが激しく交錯した。倒れ込んだ細貝の足に強烈な痛みが走る。異変を察してチームドクターの診断を受けると、細貝の右足小指の骨折が判明した。
「小指の痛みが激しくて、スニーカーも履けない状態。それでも今回の試合には麻酔を打って出場するつもり。ここでへこたれるわけにはいかないから」
今週の練習は殺伐とした雰囲気が漂っていた。様々な局面で選手同士の争いが起き、掴み合いの喧嘩になることもあった。ある選手はチームから罰金を課せられて自省を促されてもいた。指揮官交代があらぬ作用を起こし、ようやく勝ち星を積み上げて順位を上げていたチームに暗雲をもたらしている。
試合当日、麻酔が切れた状態の細貝の小指には激烈な痛みが走っていたが、注射を打てば足の感覚が無くなってひとまずプレーはできる。意を決してスタメン出場した細貝だったが、チームは敵地ドレスデンで前半38分から連続3失点して窮地に立ち、後半にも2ゴールを許して0−5の大敗を喫した。
「結果はボロ負け。前半終盤に連続で失点して、それが良くなかった。GKのゴールキックから中盤でボールを繋いだところを奪われて失点したり……。とにかく自分たちのチームバランスの悪さが目立った。1トップは重要なんだけど、今日は最前線でタメを生む選手が不在だった。今日1トップで起用されたマネはスピードのある選手。ただ、普段最前線でプレーすることはないので、守備の部分で彼がコースを限定できなかった。マネも後半に右サイドへ移ってからは本来の持ち味を出せていたよ。でも、やっぱりチーム全体のバランスは崩れたままだった。結果は0−5。とにかくこんなスコアはあり得ない。
ヴォルフ監督になってからはボールポゼッションを高める戦術にシフトしつつあって、かなり細かい指導もされている。監督が代われば戦術もメンバーも代わる。それは当然のこと。ただ、新しいやり方に馴染むのに時間が掛かるのも当然のことだとも思う。ドレスデン戦は、最初はチームとしても個人としても悪い感覚はなかった。でも、結果は最悪なものだった。シュトゥットガルトは各国の代表選手が多くて、今週はその選手たちが代表戦から戻ってきたばかりという事情もあった。でも、それは言い訳にできない。今季のシュトゥットガルトは1年で2部から1部に復帰するというタスクがあるわけだから」
ドイツ東部にある旧東ドイツのドレスデンからドイツ南西部のシュトゥットガルトまではチームバスで帰る。4時間以上も掛かる長い行程の中で、そろそろ右足小指の麻酔が切れる時間が迫っている。
「来週も麻酔を打ちながら練習を続けるかどうかはドクターと相談して決める。でも、やっぱりそれは厳しいみたいなんだよね……。そろそろ麻酔が切れると思うけど、どうなるか不安だね。とにかくずっとサンダルでの生活になりそうだよ。このまま負傷を抱えたままプレーを続けると、今後に響く可能性もある。チームにとって最適な方法を探るよ」
シュトゥットガルトが大敗を喫する少し前、かつて細貝が所属した浦和レッズが2007シーズンのAFCアジア・チャンピオンズリーグ制覇以来9年ぶりのタイトルを獲得した。今季からYBCルヴァンカップと改称されたリーグカップ制覇は、浦和にとって2003シーズン以来13年ぶりの戴冠でもあった。
「周ちゃん(日本代表GK西川周作)がPKをストップしたんだってね。僕も嬉しいよ。かつての仲間も頑張ってる。自分も頑張らないと……。削られたとは言え、怪我してる場合じゃないんだけどね」
傷心のチームバスの中で、細貝萌が出来うる限りの声を絞り出した。
(続く)