Column2017/03/2

【Column-036】 [光り輝く街で-25]  『復活への道程を歩む』

 

 またしてもベンチ入りしなかった。ブンデスリーガ2部第22節のカイザースラウテルン戦。VfBシュトゥットガルトはシモン・テロッデ、オズジャンのゴールでホーム戦に快勝して首位を堅持したが、その歓喜の輪の中に細貝萌の姿はなかった。これで2戦連続のベンチ外で、彼を取り巻く状況は厳しさを増している。

 ハネス・ヴォルフ監督が4−1−2−3のアンカーを任せているのは20歳のスイス人MFアント・ギルキックだ。ギルキックは実戦経験が乏しいものの、大きな体躯を生かしてセーフティーなプレーを貫き、主にチームの守備を支えている。センターバックのティーモ・バウムガルトル、マルティン・カミンスキーとの連係もスムーズで、前線に攻撃性能の高いFW陣を多く配備するチーム構成の中ではバランスが取れている。その証拠にチームは5連勝していて、2位・ブラウンシュヴァイクとの勝ち点差が徐々に開き始めている。1年での1部復帰が至上命題のクラブにとっては着実に勝ち点を伸ばすヴォルフ監督のチームを高く評価しているに違いない。

 

 一方、細貝は安定した戦いを繰り広げるチームで確固たる役割を与えられないでいる。今季3度のケガに見舞われて戦線離脱を繰り返した結果、チーム内でのプライオリティが下がって立場が危うくなっている。日々の練習でのミニゲームでアンカーではなく控え組のセンターバックなどでも起用されているのが、その証拠だ。先のカイザースラウテルン戦ではギルキックをバックアップするアンカーの控えにマティアス・ツィンマーマンがベンチ入りしていて、現状では細貝がアンカーで試合出場を果たすのは難しい。

 細貝自身は当然現状打破を期して日々のトレーニングに励んでいる。チームメイトとの関係は良好だし、監督ともある程度のコミュニケーションは取っている。しかし自らの起用法などについては選手の立場上、今のところは表立って何かをアピールすることなく、黙々と鍛錬に努めているのが現状だ。

 2月26日の夕方から開催されたホームでのカイザースラウテルン戦後。細貝は旧知の仲間と会食を共にした。ドイツ・ブンデスリーガのヘルタ・ベルリンでプレーする原口元気が2日間のオフを利用し急遽シュトゥットガルトを訪れて試合を観戦し細貝と会ったのだ。また細貝は先日、隣町に住むアウクスブルク所属の宇佐美貴史、ザルツブルク所属の南野拓実ともミュンヘンで会って近況を報告しあっている。プロサッカー選手の後輩であり、ドイツで戦う同志でもある仲間との触れ合いによって、細貝は再び本来の力を取り戻そうとしている。


 

 自らの力を請われずに忸怩たる時を過ごす日々は、サッカー選手として断腸の思いで、何より屈辱である。どんな世界でも自らの居場所を見い出せなければ落ち込むし、自問自答してしまう。それでも時は進み続ける。何かを諦めたり、意欲を無くした時点で成長は止まり、その者は淘汰を受け入れなければならない。

 18歳で浦和レッズに加入してプロデビューを果たしてから、細貝は幾多の苦難に直面してきた。浦和では日本代表クラスのチームメイトと切磋琢磨してボランチというポジションで開眼した。その後、勇躍渡欧して所属したアウクスブルクで恩師であるヨス・ルフカイ監督と出会い、ドイツでのキャリアをスタートさせた。レヴァークーゼンではヨーロッパのカップ戦タイトルを戦うチームの中で激しいポジション争いに見舞われたが、ルフカイ監督に請われる形で移籍したヘルタ・ベルリンでは確固たる立場を築いて中盤に君臨した。しかしルフカイ監督が解任されてパル・ダルダイ監督に引き継がれた直後、このチームに細貝の居場所はなく、葛藤の末にトルコへ新天地を求めた。異国の古都・ブルサでの日々は新鮮で、自らの力が確実に蘇る手応えを得た。イスラム社会の中で逞しく生きる現地の人々と触れ合い、3度の監督交代に見舞われたブルサスポルでは多岐に渡る役割を与えられてチームのために尽力した。レンタル期間終了後にはブルサスポルから正式移籍のオファーを受けた細貝はしかし、再び新たなる挑戦を求めて2部降格からの復活を期す名門・シュトゥットガルトの門を叩いたのだった。

 三十路を迎えた細貝の現状は厳しい。しかし同じような困難、苦難は今までも経験してきたし、その都度乗り越えてきた自負もある。プロサッカー選手が成すべきことはピッチの上にしかない。長いシーズンの中で必ず自らの力が求められる時が来る。千載一遇の機会に如何に結果を果たせるか。

 最大の正念場にして、チャレンジし甲斐のある戦いに打って出る。迷いと不安を払拭した時、そこには鮮やかに復活する細貝萌の凛々しい姿がある。