Column2017/08/7

【Column-049】 [太陽の下で-12] 『己に打ち勝つ』

 

 悔やみ切れないシーンだった。Jリーグ第19節、ユアテックスタジアム仙台でのベガルタ仙台戦。試合は68分に伊東純也が先制点を決めて柏レイソルがリードしていた。時計の針は90分を指し示し、アディショナルタイムに突入。76分に手塚康平と代わってピッチに立っていた細貝萌は監督の指示通りセーフティなプレーを心掛けていた。

 アディショナルタイムは4分のうちの1分が過ぎていた。自陣でこぼれたボールを細貝が蹴り上げてクリアを図る。それが相手選手に渡って再び自陣へ戻ると、細貝の斜め右後方に居たクリスランにボールが渡った。「危ない!」。危機を察知して伸ばした細貝の足はクリスランに届かなかった。相手FWが縦に突進を図る。しかし柏はGK中村航輔を含めて7人もの選手が帰陣してゴールをブロックしていた。『防げる』。そう思った瞬間にクリスランからクロスが供給され、FW石原直樹のポストワークからMF中野嘉大がシュートを打ち込むと、ボールは柏の選手の身体に当たってゴールに入り込んだ。茫然自失の柏イレブン。その中には、もちろん細貝の姿があった。

 

「自分が途中からピッチに立つ役割は十分に理解している。残り15分前後の段階で、チームは1点リードしていた。つまり、その1点を死守するのが僕の役割だった。でも、肝心な場面で力を出せず、自分のエリアから相手に突破を許して得点されてしまった。結果的に集中力を欠いた自分の責任は大きい」

 

 細貝が悔やんだのは自らのプレー選択だった。失点に至るきっかけになったクリアは丁寧に味方へ繋げなかったのか。もっと大きくクリアできなかったのか。ボールが自陣へ戻ってきたときに一旦競り合ったが後方へ流れた。それをクリスランに拾われたときにもう少し速く、強くアプローチできなかったのか。クリスランが突破を図ったときに帰陣したが、味方の人数が多かったことで様子見しなかったか。失点シーンを振り返るほどに後悔が募る。何よりも彼は、与えられた役割を全うできなかった自らの不甲斐なさに打ちひしがれていた。

 

 柏はJリーグ第13節を消化した時点でトップに立ち、クラブは目標をリーグ制覇に上方修正した。第7節から9勝1分の快進撃だったのだから、それも当然のことだ。しかし第17節の鹿島アントラーズ戦で逆転負けして首位をセレッソ大阪に譲り、続く第18節の天王山・C大阪戦でも逆転負けして連敗を喫してしまった。チームとしては何としても状況を好転させたかった第19節の仙台戦をこんな形で終えてしまったことも、細貝の心を落ち込ませる。

 

 今の細貝は自らのストロングポイントを見失いかけているのかもしれない。運動量、球際勝負、スペースカバー、周囲との連動、コーチング、試合状況を見極める眼……。Jリーグ、ドイツ・ブンデスリーガ、トルコ・シュペルリガでの豊富な経験があるのにも関わらず、課せられた責任を過剰に背負い、それが足枷となって本来の実力をピッチに投影できない。

 

「今季の柏は成績が上向いていると言っても良い。自分はこのサッカーに適応するのが難しいのも覚悟して柏へ加入したし、今でもそのモチベーションは携えている。でも、もっと自分の特徴をチームに合わせていかないと出場するのは難しい……」

 

 先発出場、途中出場というシチュエーションの違いを言い訳にしたくない。精神的な部分、コンディション含め、難しいタスクを任されていることを承知しながら、その責任を果たせない自分に腹が立つこともある。今の柏は若く有望な選手たちが群雄割拠し、そのパワーを間近で受けて自らも成長を果たしたいと願うが、その思いが募るほどに焦燥が芽生えてしまうのかもしれない。

 

「プロとして様々な戦いに挑み続けるのは当然のこと。でも、今の僕はまず、己に打ち勝たなきゃならない。何かの言い訳を探したり、何かを諦めている限り、前には進めない。今はそれを痛感しているし、自己を向上させなければ壁を破れないと思っている。ここに来たことにはとても意味があると思っている。この先、僕自身がどうなるかは、まだわからない。でも、どんな状況でも戦い続ける。それがプロというものだし、それがチームの一員であることの責務だと思うから」

 

 今はただ、その壁を破った先に、己が成長できると信じている。

 Jリーグ第20節、日立柏サッカー場でのヴィッセル神戸戦。柏は試合開始5分に先制を許す苦しい展開からディエゴ・オリベイラ、クリスティアーノ、中山雄太がゴールを決めて逆転勝利を果たし、4試合ぶりの勝利を挙げた。第20節終了現在の柏の順位は3位。首位・C大阪とは勝ち点6差だ。

 その神戸戦で、細貝はベンチ入りしながらも不出場に終わった。

(了)