Column2018/04/28

【Column-059】 [太陽の下で-22]『彼に送る言葉』

 

細貝萌は、いつだって思い悩み、それでも目の前の障害を克服していったはずだ。

 

浦和レッズ時代はバックアップの立場から日本代表選手たちが居並ぶレギュラー争いに割って入った。2007年のA3チャンピオンズカップでは主力選手たちが調整の名目でプレーする中で、彼は全身全霊を賭して浦和のために、中国や韓国の猛者たちと戦った。

 

「こういうときこそ、普段出場機会の限られている選手が力を見せなきゃいけない。ここで自らの存在価値を示せなければ、プロサッカー選手としては、そこで終わりだと思う」

 

そう言った彼の目は、どこまでも輝いていた。

 

 

ドイツに渡ってからは言葉が通じない中で懸命に周囲とコミュニケーションを図って自らの存在を誇示し続けた。アウクスブルクでの飛躍の後に、レヴァークーゼンを経てベルリンで価値を示し、異国で生きることの有意義さをも見出したことで海外での挑戦は間違いじゃないと思えた。厳しい境遇の中で新天地のトルコに渡ってからも情熱は絶やさず、日本語どころか、必死に覚えたドイツ語でさえも通じない日常の中で、それでも自らの存在価値はここにあると信じて戦い続けた。

 

ベジクタシュのホームでポルトガル代表FWのリカルド・クアレスマとバトルを仕掛けて退場処分を下された試合後、地元ベシクタシュサポーターから細貝とチームメイトが乗るブルサスポルのチームバスに過激な攻撃を受けた。辛辣で慈悲のない誹謗中傷は心を落ち込ませたが、イスタンブールからフェリーに乗って地元ブルサのギュゼルヤル港に降り立ったら、真夜中なのにブルササポーターが大挙押し寄せて港に降り立った選手たちに労いの言葉を送ってくれた。細貝の姿を見つけたサポーターが「ホソガイ! ホソガイ! お前は俺達の戦士だ!」と言ってくれたとき、彼はこのチームで戦える無常の幸せを感じた。皆の想いを背負って魂を焦がす。自らがプロサッカー選手であることの意義を感じた瞬間だった。

 

柏レイソルの細貝は、そのポテンシャルの半分も発揮できていない。環境の違いに戸惑う様はまるで外国籍選手のようで、血気盛んな若手選手に気圧されるのは、彼の心根にある優しさが作用している。彼が辿った道のり、経験はかけがえのないものなのに、彼はそれを押し隠したままでいる。

 

もともと足技に優れる選手じゃなかった。スピードも凡庸だし、身体能力だって突出しているわけでもない。それでも私は、彼の素晴らしさを知っている。極限に立たされたときの揺るぎない意志、果てない闘志、チームへの献身。彼自身も見失っているのではないか。このサッカープレーヤーは、自らのためでなく、チームのためにプレーしたときにこそ光り輝く。その根源的な魅力を取り戻せば、必ずや復活できる。

 

練習中に頭を打ち付けて脳震盪を負い、数日間練習からも外れた。チームが浦和を破ってリーグ戦の連敗を止める姿をスタンドから見つめた。

辿る道はひとつしかない。一心不乱に、ただひたすらに闘い続けること。それ以外に、細貝萌が生きる場所なんてない。

(了)