Column2019/03/15

【Column-064】 [微笑みの国で-01]『スタートライン』

 

苦しく、辛く、長き道のりだった。

 

昨年の12月に体調を崩した細貝萌は新たな移籍先であるタイ・ブリーラム・ユナイテッドへの合流が遅れたが、懸命なリハビリの末にチームへと加わり、ようやく新たなる挑戦に臨む態勢を整えられた。

 

「昨年の12月に柏レイソルを離れてからはいろいろな出来事があった。それについては今後しっかりと話す機会がいつかあると思う。ただ、ここ数か月間はとても不安な思いに苛まれて、なかなか出口が見つからなかった。今回は僕の人生の中で最も苦しい時間で、なおかつ重要な期間でもあった。その間、僕のそばにはいつも家族が居てくれたし、多くの友人、スタッフも僕の精神面をサポートしてくれた。そのおかげで、僕はようやくピッチへ戻ることができた」

 

ここまでの経緯については本人も話しているように、別の機会で明らかになるだろう。今の段階ではっきりしているのは、細貝萌は幾多の苦難を乗り越えた末に、新たなチームで自らの存在価値を示す戦いに再び身を投じる覚悟を決めたということだ。

2019年3月10日。タイ・リーグ1に所属するブリーラム・ユナイテッドはリーグ第3節のプラチュワップFCとのホーム戦を2-0で勝利した。そして細貝は、その試合の79分から途中出場して新チームでの公式戦デビューを飾った。

 

「体調を崩してからはリハビリに時間を費やしてきて、チームの皆とは離れて別メニューで調整を続けていた。でも(ボジダル・)バンドビッチ監督は自分のことを気にかけてくれていて、僕もできるだけ早くプレーしたいと思っていた。そんな中で10日の試合では急遽メンバー入りして、僕もベンチから戦況を見つめていた。チームはかなり相手を押し込んでいる状況で、1-0で勝っている後半途中に僕の出番が来た。ただ相手は引き分け狙いでプレッシャーもそれほどなかったので、自分としてはスムーズに試合へ入れたと思う。しかも僕がピッチに立ってからチームも追加点を挙げたしね。ただ、そこからは相手のプレーが荒れてきてファウルが増えてきていたので、上手くボールを回してゲームを終わらすことにフォーカスした」

 

ブリーラムは過去に7回国内リーグを制覇し、一昨季、昨季でも連覇を果たしたタイの“絶対王者”だ。また日本のJリーグクラブも参加するAFCアジア・チャンピオンズリーグでもベスト8に進出した実績があるなど、最近のアジアサッカーシーンで急激に頭角を現してきた東南アジアクラブの雄でもある。

ブリーラムは今季のACLグループステージ初戦で浦和レッズとのアウェー戦を戦い0-3で敗戦したが、続くホームでの第2節・全北現代(韓国)戦ではスパチョク・サラチャットのゴールで1-0と勝利した。細貝は今、そんなタイの盟主とも言えるクラブで新たなる実績を築き上げようとしている。

 

「今までのブリーラムにはブラジル人FWの強烈な選手(ジオゴ・ルイス・サント)がいて、その選手が得点を取ってチームを勝たせていたけども、その彼は移籍してしまった(今年1月にマレーシアリーグのジョホール・ダルル・タクジムへ移籍)。だから今季は去年のチームスタイルからは少し変化していくと思う。ただ今季のブリーラムも戦力は揃っていて、選手全員が戦う姿勢を貫けば間違いなくタイリーグを獲れると思う。またACLに関しては、僕は体調不良だったのもあって大会の登録メンバーには入らなかったけれども、こちらもクラブにとって重要な大会になる。ブリーラムはグループステージの初戦を浦和のホームで戦って0-3で落としているから、ホームでの全北現代戦は大きな勝ちだった。でも次の試合も大事。今は連戦で、次はタイ・リーグで優勝争いのライバルになるであろうクラブの一つ、バンコク・ユナイテッドとの一戦が控えているので、ここはポイントになる」

 

早くもリーグの重要な一戦を迎えるブリーラムだが、ここで細貝に大きな役割が与えられる可能性がある。バンコク・ユナイテッド戦で彼が試合出場する可能性が高まっているのだ。

 

「まだ出場できるとは断言できないけども、もしスタメンで出場した場合は自分に何ができるかを突き詰めたい。僕自身にとってもチームにとっても、ここで強豪を下して調子を上げていけるかどうかがカギになる。この3日間の練習でどれだけフィーリングを掴めるか。なにしろ僕は体調が回復して戦線に復帰したばかりで、この前のプラチュワップ戦には出場したけども、まだチームメイトとの全体練習にほとんど加わってないから、とにかく試合感覚、と言うよりサッカー感を取り戻さなきゃいけないと思っている」

 

細貝に課せられた当面の課題は体調不良によって遠ざかっていたサッカーのプレー感覚、そして実戦感覚を取り戻すこと、そして新チームでのコンビネーション熟成にも注力しなければならない。そして何より、細貝自身が自らの力をチームへ還元させてタイトル獲得に貢献できるかどうか。そのタスクを果たすためには様々な困難を克服しなければならない。

 

「コンディションは順調に回復してきていると思う。別メニューでのプレー感覚も良くなっている。ただ、12月初旬まで日本でサッカーをしていたときの自分とは比べられない。それは体調面もそうだし、サッカーをプレーする環境面でも今とは違いがあり過ぎるから。今のタイは夏を迎えていて、夜でも34度くらいまで気温が上がる。ちなみに日中は39度だからね。とてもじゃないけど昼間にはプレーできないから、普段はだいたい夕方から夜にかけて練習をしている。今の日本はまだ冬でしょ?そうなると、その季節感からして日本とタイとでは違うよね。灼熱の中でスプリントすると、すぐに息切れがする。でも、その気象条件には順応しなきゃならない。ちなみに生活面ではもう、暑いのには慣れたよ。あとは、ここでサッカーをして、どこまで体が馴染むか。でもタイの選手たちはこの環境の中で普通にプレーしているから、当然僕自身もできないとは思っていないよ。とにかく強い気持ちを持って戦いたい」

 

3月17日、タイ・リーグ1のバンコク・ユナイテッド戦は細貝にとってターニングポイントと言うべき試合になるかもしれない。

 

「監督とはいろいろな話をするけども、今はとにかく僕のことを信頼してくれていると感じていて、それが充実した気持ちへと繋がっている。それにプレーに関しても、話していて的確だと感じる。まだ、全体練習にもほとんど加われていないのにね(笑)。でも、だからこそ、僕はその期待に応えなきゃいけないと思っている。ブリーラムでの僕は外国籍枠を使っている“助っ人”なので、良い意味での緊張感もある。17日のゲームの相手は去年のリーグ2位で、結果はどうなるか分からないけど、僕らブリーラムは3連覇での優勝を狙っているので、絶対に負けられない。正直90分間体力が持つかは分からないけれども、もしスタートから出場するとすれば、自分はこういう選手だということを内外にしっかり見せつけたい。ダブルボランチの一角として出場するようなら、後方に残っているのではなくて前へ打って出て得点も狙いたいと真剣に思ってる」

 

ブリーラム・ユナイテッドの背番号7。細貝萌はようやく、新天地でのスタートラインに立った。