Column2019/06/30

【Column-070】 [微笑みの国で-07]『ブリーラムで生きる』

 

タイの首都・バンコクから飛行機で1時間弱、タイ東部・カンボジア国境近くにブリーラムという街がある。

 

ブリーラム空港に降り立つ前に機窓から眼下を眺めると、そこには広大な田んぼが広がっていた。空港の滑走路が見えたが、周囲に建物らしきものがない。小型のプロペラ機がひらりと降り立ち、ほんの数百メートル滑走するとクルリとUターン。右手に小さな平屋建てのビルが見えてきて、それがこの街の空港ビルだった。

飛行機からタラップで地上に立ち、そのまま歩いて空港の入り口へ。建物に入るとすぐさま荷物引き渡し所があって、僅か数分で荷物が出てきた。空港出口には客待ちのタクシーがなく、地元の人々は迎えの車か、乗り合いのバスで街の中心街へ向かう。

この街で暮らす細貝萌が言う。

 

「この街は、バンコクとは比べ物にならないほどの田舎町。街中もこぢんまりとしていて、車で10分も走れば畑と田んぼだらけの景色になる。でも、今の僕にとっては、この田舎町での暮らしが心地よく感じている。無駄遣いしなくていいし、サッカーに集中できるからね。それに、なにより、一緒に暮らす家族が気持ち良く生活してくれているから。それが一番精神的に落ち着けている要因かな」

 

街の面積は10,322.885平方メートル。人口は約1,573万人。人よりも、そこで飼われる水牛の姿の方が多いように思えるブリーラムに、タイ・リーグ1屈指の実力派クラブ、ブリーラム・ユナイテッドがある。ブリーラムのオーナーである政治家のネーウィン氏が肝いりで築き上げたプロサッカークラブは32,600人を収容するイングランド・プレミアリーグ式の瀟洒なスタジアム『サンダー・スタジアム』を構え、ここでタイのトップリーグを牽引する成績を残している。

 

「ブリーラムはサッカー人気の高い街で、ブリーラム・ユナイテッドは街の象徴として捉えられていて、とても人気がある。街中を歩くとブリーラムのユニフォームを着ている人に多く出くわすんだけど、ここのユニフォームはナイキとかアディダスなどの一般的なスポーツブランドではなくて、クラブ関係の会社で作ってるユニフォームなんだよね。でも自社で生産できるからユニフォームの値段が安くて、だからこそサポーターも気軽に入手できる。ちなみに選手は毎試合、新品のユニフォームが支給されるし、練習着も週に2回ぐらいは新品を使うよ」

 

街で一番のショッピングモールへ行くと、老若男女、多くの方が細貝の姿を見つけて声を掛ける。街の規模が小さいぶん、この街のプロサッカー選手の認知度は想像以上に高い。

まっさらな“戦闘服”に身を包み、熱狂的なファン・サポーターの前でゲームに臨む。プロサッカー選手として、これほど恵まれた環境は最先端と称されるヨーロッパを含めても、それほどないかもしれない。

「確かに。プレーレベルは間違いなくヨーロッパの方が高いけど、プロサッカー選手としての環境や待遇は、今まで所属してきたどのクラブと比べても、ブリーラムは整っているように思う。ユニフォームのこともそうだけど、ここでは試合の際の移動着なども常時10種類以上あって、毎試合『次の試合はこれ』と指定がある。移動着ももちろん関係する会社で作っているから、選手がそれを着ることがプロモーションにもつながるんだよね。また僕の場合は外国籍選手だから車も用意してくれるし、住む場所も良い環境を与えられている。選手としては、とてもありがたいよ。手厚く扱ってもらっているわけだから」

 

最高とも言える待遇を与えられる反面、このクラブには厳しい使命が課せられている。ブリーラムは目下タイ・リーグ1で連覇中。今季は3連覇を懸け、来季のAFCアジア・チャンピオンズリーグの出場権はもちろん、リーグタイトル制覇が至上命題なのだ。

 

「ブリーラムは去年、一昨年も優勝していて、今季もACLにも出場している。3年連続の優勝を目指す中で、どのチームも打倒ブリーラムを掲げて向かってくる。僕が来てからチームが優勝できないのは避けたい。『アイツがいたから優勝できた』と言われるように頑張っていきたい」

 

細貝のような外国籍選手は当然厳しいノルマが課せられる。

 

「僕は今、チームの中で一枠しかないアジア枠の選手としてプレーしている。その中で、シーズン中でも外国人選手の入れ替えは頻繁にある。今季は僕がブリーラムに来てからの5か月で6人の外国人選手が入れ替わった。自分もいつそうなるかわからない。でも、今はとにかくこの環境を楽しんでいるし、クラブ、チームのために精一杯頑張りたいと思っている」

(続く)