Column2021/01/4

【Column-084】 [微笑みの国で-22] 『年をまたぐ、イレギュラーなシーズン』

 

新型コロナウイルスの猛威に晒された2020年。細貝萌の住むタイは他国に比べると感染者数が少ないが、政府、そしてタイのサッカーを運営するタイリーグなどがウイルス感染対策を徹底させ、昨年、そして今も様々な制限措置を採っている。ちなみに現在のタイリーグは昨年末に年末年始を挟んだブレイク期間に入り、今週末から再開が予定されていたが、少数ながらも国内でウイルス感染者が出たことを受け、1月中のリーグ再開が見送られることになった。短いオフを過ごして再びトレーニングが始まった矢先の試合延期に、タイリーグに初属するクラブ、そしてコーチングスタッフや選手は様々な対応を強いられている。

 

バンコク・ユナイテッドの細貝萌は今、複雑な心境を抱きながらも、その難局を乗り切ろうとしている。

「まず、そもそも今のシーズンに向けてチームが始動したのが2019年の12月なんですよね。そこから1年以上が経過したのに、未だにシーズンが半分しか消化されていない。これまで長く現役生活を続けてきたけども、このようなシーズンを経験するのはもちろん初めてのことで、戸惑うことも多いですね。また今回は1月中のリーグ再開が無くなったわけだけど、その対処もしなければならない。かなり不規則なリズムが刻まれているシーズンをどう過ごすか。これが今後のプレーにも影響してくるのかなと思いますね」

 

1年以上が過ぎたシーズンの中では、もちろんリーグが長く中断された時期があった。その際はチームの活動が停止することもあった。いわばシーズン中に長いオフ期間が設けられたようなものだが、選手サイドとしては、これを単純な休息期間と捉えるのは難しかったはずだ。

「今回のシーズン中のオフ期間は次のシーズンへ向けたものではなく、あくまでも、いつ再開されるか分からない今のシーズンに向けてのものだったから、精神的に肉体的にもリフレッシュするような心境にはならなかった。断続的にシーズンが続いている状況で、そうなれば様々な負担が生じて疲労が抜け切れなくなる。また僕は34歳になったので、単純にフィジカル面でも注意が必要になるんですよね。そのような状況でのコロナ禍でのシーズンだから、とても不思議な、複雑な思いで日々を過ごしていますね」

 

細貝の所属クラブであるバンコク・Uも深刻な“コロナ”の影響を受けた。バンコク・Uは新型コロナウイルスが世界的な流行となる前の2020年2月のリーグ開幕から3月にかけてのタイリーグ4試合で全勝して敢然と首位に立ったが、約6か月の中断期間を挟んだ後の再開後は2勝3分7敗と急失速してしまった。その結果、クラブはアレシャンドレ・ペルキング監督を解任し、現在はタイ代表の西野朗監督の下でコーチを務めていたトッチャタワン・スリーパン氏が新監督に就任して立て直しを図っている。

 

細貝が今のチームの現状を話す。

「バンコク・Uに関しては、中断前と中断後で完全に流れが変わってしまった。対戦相手は中断前の僕らが実践していたサッカーを研究したうえで、中断明け後は自陣に引いて守備を敷いたうえでカウンターを仕掛ける形に特化してきた。逆に僕らはそれに対応できず、安易に相手陣内に攻め込んでボールを奪われ、アンバランスな守備陣形を突かれて失点を重ねた。対戦相手のサッカーに攻略されてしまうゲームが続いてしまって、順位をどんどん下げてしまったんですよね」

 

第16節を終えた今のバンコク・Uの順位は6勝3分7敗の9位。首位のBGパトゥム・ユナイテッドが14勝2分の無敗を堅持し、そのパトゥム・ユナイテッドとは勝ち点23差を付けられてしまっている。

「正直、順位はかなり厳しいもので、首位との勝ち点も離れてしまった。今の目標はひとつでも上の順位に行くこと。でも正直、中断前は優勝を意識していたので、中断後に目標を変更せざるを得なくなった点に関しては残念に思っています」

 

一方で、細貝自身はチーム体制が変更されてからもコンスタントに試合に出場し続けている。ただし、その役割には若干の変化が生じているとも言う。

「監督が代わってからも、僕に与えられているポジションはボランチ。でも、そのボランチに科せられた役割はかなり変わっている。今の監督は試合毎にボランチに様々なタスクを与えていて、僕ら選手はその都度、コーチングスタッフサイドからの指示を受けて試合に臨んでいる。その役割の種類はかなり多いので、まだ今はその順応に努めている段階です」

 

ボランチのポジションにはチームキャプテンのアントニーもいるが、その中で、細貝はチームの顔とも言える選手を差し置いてレギュラーの座を掴んでいる。

「アントニーは、このチームに6年も在籍しているキャプテンの選手だけども、それでも前任のペルキンク監督、そして今の監督は僕を起用してくれているから、その信頼は感じています。でも、今の僕の年齢ではコンスタントに試合に出場し続けるのは難しいとも思っている。若い選手と同じように、どんな試合でも全力を尽くしてプレーし続けらればいいけども、30代半ばを過ぎると無理をした分、どこかで負担が生じてしまうんですよね。その結果、プレーパフォーマンスを落としたりしてチームに迷惑をかけてしまう可能性があることを常に考慮しなければならない。だから、どこかのタイミングで必ず休息を取る必要性は感じています。その点に関してはバンコク・Uのクラブの幹部の方とも話し合いをしたりして、時折試合で起用されないことがあることも理解しています。クラブ、チーム全体で僕の立場や年齢のことを考えてもらっているわけで、その点は非常に助かっています。もちろん選手としては全部の試合に出場したいけれども、ケガをしたりしたら戦力にならない。その点は自覚して、このイレギュラーな日程の中でもコンディションが保てるように留意しています。でも、その中で僕がもっとやらなきゃいけない状況でもあります。もっともっと僕はチームの力にならなければいけない。」

 

今般のコロナ禍の状況がどのように推移していくのかは誰にも分からない。。

「今シーズンの先のことは今は全く分かりません。でも、今は先のことを考えてばかりいるのは良くないので、とにかく『今を戦う」ことにフォーカスしています。自分の思い描くイメージを保ちつつ、プレー面においても精神面においてもプロサッカー選手のベーシックな部分を見つめ直して、『今を戦いたい』と思っています」

 細貝萌にとっての、長い長い、それでもかけがえのないシーズンが続く。

(了)