Column2021/09/30

【Column-087】 [My home town-01] 『群馬での新たなる挑戦』

コロナ禍の影響によりタイ・リーグ1での約2年に及ぶシーズンを終えた細貝萌は、2021年5月31日にバンコク・ユナイテッドとの契約を満了した。ブリーラム・ユナイテッドから始まったタイでのプロサッカー選手生活はここで一旦幕を閉じ、細貝と家族は海外移動のリスクも考慮しながら7月末までは首都バンコクで過ごし、新たなクラブでの新たなる挑戦に向けて準備を進めていた。

 ヨーロッパと似通ったスケジュールでシーズンを終えた中で、細貝は幾つかのオファーを受けていた。その中には2シーズンを過ごしたタイリーグ1部のチームからの申し出もあったが、彼自身は次なるモチベーションの源を別の地に定めていた。

 

「タイで2シーズンプレーしたこともあって、良い条件でのオファーをくれたクラブもありました。しかも、それは一つだけではなかった。待遇や金銭面を含めて、35歳の僕に対してそれだけの評価をしてくれることを本当にありがたいと思いました。それにオファーをいただいたチームの監督と電話で話した事もありました。でも、一方で、約3年ほどタイという国に住んで、この国のプロリーグで2シーズン過ごしてみて、自分の中で新たな環境で勝負したいという思いが芽生えていたんです。また、コロナの影響で不規則な形でシーズンが終わったことで、一旦フリーの状態で様々な事を考えてもいいのではとも思ったのが正直なところです。その結果、5月末に契約を終えてからしばらくは、次への決断を下さないでいたんです。今後も続けていく中で時間が必要だと判断しました。」

 

5月末から日本へ8月初めに帰国する間も含め、常に自主トレーニングに励んで来るべき時に向けて準備を重ねていた。しかし9月に入ってから体調を崩してしまった。やむなく休養に努め動けない時間があったことでこれまで維持してきたコンディションを一旦落としてしまった。所属クラブを決めずにフリーの身、タイから日本へ移り変わった居住環境、そしてコンディション低下。様々なファクターが積み重なり、彼は重要な選択を迫られていた。

 

「時間が経過して、様々な事が起こり、改めて今の自分を見つめ直すことができました。そして、こうも思った。5月にシーズンを終えてから、もうかなり長い時間、自分はサッカーをプレーしていないなって‥」

 現役を続ける意思はもちろんあるが、身の処し方には逡巡していた。しかし、もう立ち止まってはいられない。そう一念発起したとき、彼の心にはあるクラブ、チームへの思いが滲み出ていた。

 

「僕の生まれ故郷を本拠地とするザスパクサツ群馬。実はタイの幾つかのクラブから新たなオファーを受け他のクラブとも話しを始めたぐらいの時期に、僕の方からザスパクサツ群馬にも僕の事を話してみてくれないかと伝えました。すると数日後、チームは僕の獲得に興味があると仰ってくれたんです。ただ、それと同時に、僕自身はまだまだ海外でプレーすることに対しても興味があるという気持ちもあったのが正直なところ。人としてまた一歩成長する為にもまた新たな国で新たな挑戦するべきなんじゃないかと。でも、今までの自分のキャリアやこれからの将来、今の細貝萌には何が一番大事なのか、どの環境に居るべきなのかを考えたときに、決して短絡的な選択をしてはいけないと思った自分もいました。そこで、時間を掛け様々な事を考えた結果、自分が生まれ育った故郷のために何かしたい、故郷を本拠地とするクラブであるザスパクサツ群馬で少しでも貢献できればこれ以上に嬉しいことはないんじゃないかという思いに至ったんです。だから、金銭的な条件の話は僕からは一切していないし、交渉もしていない。今はそんなものよりも大切なものがあると強く思ったんですよね」

 

細貝は前橋育英高校を卒業しプロとしてのキャリアを歩み始める2005年までの18年間を群馬で過ごした。そして、ザスパがJリーグに加盟してJ2へ参加したのは同じ2005年。つまり、ザスパがプロサッカークラブとして歩んできた月日の中で、細貝は異なる街、異なる国、異なるクラブで自身のプロサッカー人生を過ごしてきたことになる。

「群馬に戻るならこのタイミングで戻ることに意義があるんじゃないかと思った。今の僕は誰が見てもベテランですよね。18歳のときに生まれ故郷を離れ幾つかの経験をした僕が、サッカー選手としての基盤を育んでくれた地元に貢献できるのは、このタイミングを逃したらもう今後は厳しくなるんじゃないかと思った」

 

 日本でのプレーは約2年9か月ぶりのこととなる。

 

「まずはザスパクサツ群馬のために戦えるだけのコンディションを取り戻さなきゃいけない。会見などでも言ったように、現実は現実。今後サッカーをしていく為にこの時間が自分に必要だったと判断したとは言え、4月中旬からピッチを離れていたことは現実で、9月の初めに体調不良でダウンもした。本当に苦しかったけどその壁もまたいつものように一歩ずつ乗り越えてきた。前所属クラブとの契約が満了してからかなり長い月日が過ぎてしまったけど、この間に培われて想い抱けた自身の感情はかけがえのないものだとも思うし、絶対に必要な時間だった。だからこそここまで決めることが出来ず、将来のための時間を選択してきました。この間で本当に様々なものを感じることが出来、自分はどこにいるべきか、何をするべきか、何のためか。を自分の中で強く再確認することも出来ました」

 

今季のザスパはJ2リーグを戦いの舞台とし、31試合を終えた時点で8勝8分1敗の勝ち点32で16位に位置している。今季は下位4チームがJ3へ降格する厳しいレギュレーションの中で、ザスパは降格圏に位置する19位のツエーゲン金沢と僅か勝ち点4差と、今後は熾烈な残留争いが予想される。今季のJ2は全42節で争われるため、このタイミングで加入した細貝に残された出場試合数は限られている。

 

「とにかく僕としては今のベストを尽くしていきます。それはザスパクサツ群馬のサポーター、ファンのみなさんに約束したい。でも、これからザスパクサツの選手として闘って為にも今この時間を大切にしていきたいと思っています。しっかりと現実を見ながらチームとしっかり話しをし、一歩ずつ進んでいきたいと思っています。その中で僕個人にフォーカスするよりもザスパクサツ群馬を応援してほしい。その中の一つのピースとして輝きを放てるよう僕も努力をしていきたいと思っています。僕はもう逃げない。コンディションを上げる途中でまた壁も立ちはだかってくると思うけど、強い気持ちを持って一歩ずつ乗り越えていきたい」

 

チームの目標は勝ち点50。残留争いをしているチームの中には大宮アルディージャや松本山雅など、J2の中では資金力のあるクラブもある。このコンディションを上げていく過程も本当に難しいことだと理解している。でも、だからこそ、僕は短期的ではなく先を見据えてチームのために力になりたいと思ってる」

 故郷での挑戦を自らだけでなく、クラブ、チームにとっても意義のあるものに。35歳の細貝萌は、新たなる境地を抱いてピッチに立つ。

(了)