Column2016/05/22

【Column-004】緑の風-04 「全ての経験を自らの糧に」

 

 トルコ・シュペルリガの2016シーズンが終わった。ブルサスポルは最終節でメルシンとアウェー戦を戦い、2−5で勝利した。しかし、このゲーム、当初は5月23日に開催される予定が二転三転し、一旦は19日に実施されると発表されたが、その後18日開催に変更された。そういえば、2月21日に行われたフェネルバフチェとのホームゲームも、前日まで有料試合となるか無観客試合になるかが決まらなかった。無観客試合のきっかけはブルサスポルサポーターが問題を起こしたことが要因だが、それでもスケジュールが直前まで決まらないのはなんともトルコらしい。

 

 しかし、当の細貝は当地のマイペースぶりに慣れてしまったようだ。

 

「まぁしようがないかなって。いちいち気にしても、何かが変わるわけでもないし。その土地の人々と触れ合って、その文化に触れて順応していく。それもまた、今、サッカー選手として生活している僕ができる、貴重な経験だからね」

 

 細貝がトルコで暮らして得たものは多大だ。多国籍軍を誇るクラブの一員として戦った経験もそのひとつ。ブルサスポルは今季、指揮官が3人も交代し、18チーム中11位でフィニッシュした。もちろん降格の危機には瀕さず中位に留まったわけだが、リーグ優勝の経験もある名門チームであるフェネルバフチェ、ガラタサライ、ベジグタシュのトルコ3大クラブに次ぐ第二勢力としては忸怩たる成績に終わった。

 そのチームの一員として戦った細貝は当然数多くのプレッシャーに苛まれる中、厳しいシーズンを乗り切った。それは対戦相手との激闘だけでなく、厳しいチーム内競争を強いられたことをも意味する。

 

ブルサスポルにはトルコ代表選手はもちろん、チェコ、オーストラリア、スロバキア、セネガル、マリ、チリ、カメルーン、ハンガリーなどの代表選手が所属しており、彼らの性格も曲者揃いだ。

 

「(笑)。いやー、本当にいろいろな選手がいるよ。練習中に激しく削って大喧嘩になることもあるし、それが理由でロッカーに引き上げる選手もいる(笑)。自分もドイツでの経験があるから、練習中に激しくプレーすること、削られることには慣れてはいるけど、口論や喧嘩のきっかけが本当に些細なことだからね。まあ、基本的に皆負けず嫌いであることは間違いないんだけど、日本人の僕からすると、そのエネルギーは本番の試合で取っておいたほうがいいんじゃないかなと思うこともあるぐらい。でも、それも含めて海外でサッカー選手としてプレーするってことだからね。でも、喧嘩が始まると大抵僕は仲裁に入るんだけど、それに巻き込まれて大変なことになることも(笑)」

 

 多国籍軍であるということは、様々な国から、異なる文化の下で過ごした者たちが一同に介することになる。中には戦火の中でサッカーをプレーし、祖国を離れざるをえなかった者もいる。貧困に苛まれ、それでも家族を養うために一念発起して成功を勝ち取った者もいる。トルコ人は99%がムスリム(イスラム教信者)だから、ブルサスポルのクラブハウス内には毎日決まった時間に祈りを捧げる礼拝所がある。

細貝は、そのような異国で様々な選手と切磋琢磨し合うことが有意義で楽しいと言う。

「本当にいろいろな選手がいるよ。例えば、プロとしてのステータスを得たのだから当然なのかもしれないけど、オフが2日しかないのに東欧などの祖国へプライベートジェットで行き来する選手もいる。一回の交通費だけで何百万だからね」

 僅かな時間も無駄にせず、お金を消費して自らに還元する。その金銭感覚は細貝自身もなかなか理解できないそうだが、プロサッカー選手の豪放さを象徴するエピソードでもある。

 

細貝自身が感銘を受ける選手もいる。

「パブロ・バタージャって選手、知ってる? 2015シーズンの浦和レッズがACL(AFCアジア・チャンピオンズリーグ)で北京国安と対戦した時に、相手チームにいた選手だよ。彼は元々ブルサスポルにいて北京に行った。そして今またブルサスポルに所属していて、色々な話をする。彼はアルゼンチン人なんだけど、とても落ち着いた性格で、しっかりした考えの持ち主。その場での生活に慣れない選手は、異国の地の悪いところを言ったりするでしょ。でもパブロに『中国はどうだった?』と聞くと、『本当に良いところだったよ』と答える。その時楽しかったことや、嬉しかったこと、現地の方々との触れ合いを冷静に、良かったところを懐かしむように話してくれる。素晴らしい人格者だと思うし、彼のように、いろいろな経験を積んで、僕も自らの成長に繋げたいって思う。選手としてはもちろんだけど、人としてね。それが一番大切な事だと思うから」

 

 シーズンが終了すると、チームに所属する選手たちはクラブハウス内の自らのロッカールームを整理して帰路に着く。

「選手によって様々だけど、自分は浦和レッズ時代も、アウクスブルク、レヴァークーゼン、(ヘルタ)ベルリン時代も、シーズンが終了した時点でロッカールームのいらない物を整理してオフを迎える。来年の契約とは全く関係なくね。今回はメルシンとのアウェー戦を終えて、飛行機の搭乗待ちなどもあったから、ブルサに着いたのは夜中の3時ぐらいだった。そこからクラブハウスに行って荷物を整理して自宅に戻ったから、寝たのは朝方だよ」

 

 現在の細貝はドイツ・ブンデスリーガのヘルタ・ベルリンからレンタル移籍する形でブルサスポルに所属している。その契約条件は複雑で詳細に記すことはできないが、来季の細貝がどこでサッカーをプレーするかは、まだ決まっていない。

「来季の自分がどうなっているか、全てはこれから。いずれにしても、最終的に決断するには自分自身だし、あくまでも自分の意思で全てを判断する。誰に何と言われようと自分で決断したことには一切後悔しないし、移籍などの決断に関してはその後に、『こうすれば良かった』とも思わない。それは今回ブルサスポルでプレーしたこともそう。トルコに来て約10ヶ月間。様々な経験ができたし、自分の成長に繋がったと思う。何も決断せずに周囲の状況に流されていくほうがよっぽど後悔する。だから、これからどうなるかは分からないけど、全ては自分で決断して行動するつもり。自分を評価してくれるクラブがあること、これは本当に嬉しいことだからね。」

 

 もしかすると、メルシンから直接クラブハウスへ立ち寄った日が、ブルサスポルでのラストシーンになるかもしれない。しかし細貝に感傷はない。

「明日にはまた違う国で、違う街で生活をしているかもしれない。それもまた、プロサッカー選手として生きていることの証でもある。それもまた刺激あるでしょ。」

 

(続く)