Column2016/06/12

【Column-006】緑の風-06 日常の光景

 

 トルコでの激動のシーズンを終え、細貝萌は今、母国・日本でオフ期間を過ごしている。先日は群馬県伊勢崎市にある、自身がオーナーを務める『HOSOGAI FUTSAL PLATZ』でのイベントで地元の子どもたちとサッカーボールを蹴ったり、バイヤー・レヴァークーゼン在籍時代に関係を築いたバイエル社(Bayer AG)が主催する『CTEPH バルーン・ドリーム』プロジェクトに参加したりと、忙しい日々を送っていた。

 

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 CTEPHとは、慢性血栓塞栓性肺高血圧症(chronic thromboembolic pulmonary hypertension)の略称で、「シーテフ」と呼ばれる難病のことである。細貝は3人兄弟の三男で、彼には双子の兄がいるが、そのうちの長男が難病を患い臓器移植した経験がある。細貝は当時、病気でサッカーをプレーできず治療に専念した兄の姿を間近で見て、その苦労や辛い思いを家族の一員として共有してきた。だからこそ彼は、「シーテフ」のような難病についても高い関心を持ち、CTEPH 啓発大使の任に就いている。

 

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 一方で、細貝はプロサッカー選手として身体のケアや鍛錬にも余念がない。以前のコラムでも記したが、細貝はオフシーズンに入ってから約10日間は完全休養期間に入り、身体を動かさない。しかし、来るべき新シーズンが近づくと緩やかに始動して再び『戦場』で戦うための体力、気力を養っていく。6月10日で30歳になった彼は、これまで培った経験を駆使して体調にマッチしたトレーニングを施し、着々と準備を重ねている。

「もちろん若い頃と比べて、自分の身体は変わっていると感じている。でも、その分、若い頃にはなかった経験も積んでいるわけで、どうすればピッチで戦うことができるか、そのためにすべきことは熟知しているつもり。自分では30歳になったからといって、何かが急激に変わった感覚はない。それは一般の方々もそうなのではないかな。ただ、人間の身体が日々変化しているのは確か。それを思考や経験で支えていけば、第一線でプレーするだけの環境は整えられると思う」

 先日、ヴァイッド・ハリルホジッチ監督率いる日本代表がキリンカップでブルガリア代表、ボスニア・ヘルツェゴビナ代表と対戦した。今の日本代表は細貝と同年代の選手たちが中心として活躍している。

「自分と同い年は(本田)圭佑(ACミラン/イタリア)、(岡崎)慎司(レスター・シティ/イングランド)、周ちゃん(西川周作/浦和)、(長友)佑都(インテル・ミラノ/イタリア)、あと東口(順昭/G大阪)も同い年。ひとつ下は槙野(智章/浦和)、(柏木)陽介(浦和)、それに、今は負傷で離脱しているけどウッチー(内田篤人/シャルケ)もそうだね。彼らは2008年の北京オリンピックに出場した世代で、僕もその中のひとりだしね」

 代表の舞台で奮闘するかつての仲間たちの勇姿を、今の細貝はどんな思いで見つめているのだろうか。

「正直、今は代表よりも所属するクラブでしっかりプレーすることしか頭にない。まずはそこだからね。来季、自分が所属するクラブがどこになるのかはまだ不透明だけど、それでも自分のモチベーションは今、間違いなくクラブにある」

 それでも代表はプロサッカー選手にとって目指すべき目標のひとつでもある。個人的には、細貝に再び代表のユニホームを身に纏ってもらいたいし、日本のために粉骨砕身戦う姿を観てみたい。現在細貝が所属しているトルコ・シュペル・リガのブルサスポルは日本への情報発信が少なく、彼のプレーをリアルタイムで観られる機会は限られている。それによって日本国内における細貝の認知度はドイツ・ブンデスリーガ時代よりも下がっているのでは確かで、現在の彼のプレー評価を正当に下す素材が少ない。だが実際にトルコで彼のプレーを間近に観た者としては、トルコ特有のフィジカル勝負、高いテクニックを誇る対戦相手との駆け引き、そして所属チームでの各代表クラスの同僚選手とのポジション争いなど、トップレベルを維持している様が十分うかがえるだけに、そのプレーを代表の舞台に還元させてほしいとも思う。そして「今は、代表のことをあまり考えることはない」と言い切る細貝も、心の内面では静かに闘志を燃やしている。

「この前のブルガリア代表戦は観なかったけど、ボスニア・ヘルツェゴビナ代表戦は少し観た。局面での球際が厳しく相手選手のサイズがも大きかったけど、あのゲームを観て、『自分が今、やっていることは間違ってなかったんだな』と再確認できた。正直、ボスニアの代表選手たちのプレーは、僕が日常的にプレーしている試合とそれほど変わらない。ドイツでプレーしていた時も、トルコでプレーしている今も、あのレベルで戦うのが普通で、特に球際の激しさに驚くこともない。そもそも球際のフィジカルコンタクトというのは身体の大きさで優劣がつくわけじゃない。相手との駆け引きやボールへ向かうタイミング、相手への身体の当て方など、様々な要素が絡み合った末でフィジカル勝負が発生する。自分は、その勝負の場でずっとプレーしてきたわけだから。当然僕と同年代の選手の活躍は刺激になるけどね。みんなうまい。うまい選手って本当に羨ましいよ(笑)」

 ブルサスポルには現在ボスニア・ヘルツェゴビナ出身の選手はいないが、同じ東欧のチェコやハンガリー、スロバキアの代表選手が在籍し、他にもアフリカのセネガル、マリ、カメルーン、トルコ、オーストラリアの代表選手もいる。日常的に各国代表選手たちと切磋琢磨している細貝にとって、大阪の吹田スタジアムで展開された白熱した代表戦は、あくまでも自らとその周囲で日常的に繰り広げられるサッカーの一部だと捉えている。

(続く)