Column2016/07/14

【Column-009】緑の風-09 辛抱の時

 

約1か月のオフを終えた細貝萌は所属先のヘルタ・ベルリンのキャンプに参加して精力的にトレーニングを行った。ヘルタのキャンプ地はベルリンから車で約2時間の距離にあるドイツ国内で、7月9日まで実施された。

 夏場を迎えた当地は半袖で十分過ごせる快適な気候となっている。その中で細貝は、他の選手達とほぼ同じメニューをこなして体力強化を図った。ヘルタには、かつて細貝が同じ時を過ごした旧知の仲間たちがおり、クラブスタッフ、選手らは彼を快く出迎えてくれた。特にノルウェー代表のルネ・アルメニング・ヤーステインやペア・シュルブレット、スイス代表のバレンティン・シュトッカー、ファビアン・ルステンベルガーらとはトルコのブルサスポルに期限付き移籍していた時にも頻繁に連絡を取り合う仲だったため、久しぶりの再会でも当然何も違和感なく、すぐにチームに溶け込むことができた。

 中でも細貝が敬意を払うのはコートジボワール代表のサロモン・カルーだ。イングランド・プレミアリーグの名門チェルシーに長く在籍し、確固たる実績を備えるストライカーは、普段の身の処し方、トレーニングへの取り組み方、本番の舞台で力を発揮するための術を熟知しており、細貝にとってお手本となる存在でもある。カルーはかつて小野伸二が在籍したオランダ・エールディビジのフェイエノールトにも在籍したが、当時の彼はまだ、一介の若者だった。しかし幾多の時を経て、今の彼はヘルタに欠かせない主力選手として屋台骨を支えている。


 

 細貝も今、未来へ向けての飛躍を期しているが、ここヘルタでの現状は非常に厳しい立場に立たされている。キャンプの練習にはほぼ参加できていたものの、地元4部クラブとのトレーニングマッチでは各選手45分の出場機会が与えられる中で、細貝は試合への参加を許されなかった。当然ウォーミングアップすらもだ。細貝は同じく不参加となったロニー、ロイ・ベーレンスと共に別時間に練習を行い、午後のトレーニングマッチは観客席からチームを見つめた。そのチームには17歳、18歳のユース選手も混じっており、細貝はその姿をただ目で追うことしかできなかったのである。

 

 プロサッカーの世界は厳しい競争の中で打ち勝った者だけがピッチに立てる。ただ、現場の最高責任者でチーム構成の全権を握っているのは監督である。監督にはチームをコーディネイトする裁量が与えられ、クラブが定めた資金と照らし合わせながら選手獲得などを進め、チーム強化を果たしていく。2015年途中から指揮を執るパル・ダルダイ監督は自らの考えを元にチームを束ね、昨季はブンデスリーガで7位に入り、UEFAヨーロッパリーグの出場権をも得た。実は、ダルダイ監督は昨季から今季にかけて、それほど多くの新戦力を獲得せず、ほぼ既存の戦力で好成績を残した。多くの資金を投入せずにチーム状況を改善したわけで、当然クラブにとっても有意義な結果となった。したがって今季もダルダイ監督体制の下、クラブとチームは強固な関係性を築き上げて新シーズンに臨むことが決まっている。 

 こうなると、昨季出場機会を失いブルサスポルへ期限付き移籍した細貝は厳しい境遇を強いられる。細貝だけではない。同じく出場機会が限られていたロニー、一時は移籍寸前まで話が進んだベーレンスなどはダルダイ監督のチーム構想に入らず、このままではピッチに立てないまま時間が経過していく。

 

細貝は自らの力を評価してくれるクラブでプレーしたい意思を持つ。このまま燻ったままでは大事なプロサッカー人生の残された時が刻一刻と過ぎ去ってしまう。

「去年の夏も同じような境遇になっているから、今はそれほど動揺せず、落ち着いた気持ちでいるよ。当然ここに戻る前からこうなることはわかっていたからね。もちろん焦りがないと言ったら嘘になるけど、今は自分にとって最良の道を模索しなきゃいけないよね」

 以前住んだベルリンの家はもう引き払っている。もし今後もしばらくヘルタでの活動が続くとなれば、当面はホテル暮らしとなる。また、今後の展開によっては細貝の練習参加が許されなくなるかもしれない。それでも彼は一心に前を向く。

「やっぱり自分のことを必要としてくれるクラブで、堂々とプレーしたい。そして楽しくサッカーやっていきたい。」

 処遇はまだ不透明だが、今季の細貝は、そのすべてを受け入れた上で、冷静に、淡々と、内面に闘志を燃やしながら、明日を見据えている。

(続く)