Column2016/08/25

【Column-014】 [光り輝く街で-03]  『彼が興味のあるもの』

 

8月13日のフォルトナ・デュッセルドルフ戦から約10日が経過した。左足太もも前肉離れを発症した細貝萌は今、リハビリに勤しんでいる。ヘルタ・ベルリンからシュツットガルトへ完全移籍して2試合目の公式戦出場で負傷し、忸怩たる思いでチームを離脱した彼は、新たな心境を携え、ポジティブな時を過ごしている。

 

 負傷の要因はデュッセルドルフ戦の前、公式戦初戦のザンクトパウリ戦にあった。局面での争いで相手選手と交錯して左腿を痛打し、尋常ではない痛みが走った。重度の打撲だったことは確かだが、歩く際にも鈍痛を感じ、ダメージを危惧した。そしてデュッセルドルフ戦では、何の接触もないプレーで肉離れが起きてピッチを離れた。細貝の左腿は打撲による内出血が起きていて、その影響から他の箇所に影響を及ぼしたのだった。

「腿の打撲は予想よりも結構酷かった。でも、ケガの状況は日々良くなっている。肉離れをした箇所は生活していて全く痛みもない。それよりも打撲した箇所が今でも痛いんだよね。それだけザンクトパウリ戦で負った打撲は深刻なものだったんだと思う。でも、こういうケガも、ここでしっかり治すことで次のチャンスへと繋がると思う。ここまでヘルタからシュツットガルトへ移籍してきて全力で物事に取り組んできたけど、ここで少し休んで、心身のリフレッシュを図る時なのかもしれない」

 

 デュッセルドルフ戦から8日後、チームはDFBポカール(ドイツカップ戦)のFC08ホンブルク戦を3-0で勝利した。ホンブルクはブンデスリーガ4部に属し、シュトゥットガルトから西へ車で約2時間の距離にある、フランス国境近郊の小さな街だ。アウェー戦に赴いたチームメイトはホテルやスタジアムの環境などに苦戦したらしく、細貝はグループメールで仲間の近況を聞いていたという。

 

 チーム内のコミュニケーションは日に日に深まっている。現在はリハビリメニュー中でチームの全体練習に加われないが、あえて全体練習と同時刻にクラブハウスへ行って練習の様子を見学したり、室内でのリハビリメニューを終えた頃にクラブハウス内のロッカールームへ帰ってくるチームメイトと積極的に会話を交わしに行っている。若い頃の細貝はここまで積極的にコミュニケーションを取るタイプではなかったが、Jリーグ、ドイツ・ブンデスリーガ、トルコ・シュペルリガでのプレー経験を経てから考えを変えた。自らの力をチームに還元させることで何らかの作用が起これば良い。最終的にチームの勝利に繋がれば良い。その思いから、細貝は自らが負傷中でも常に仲間のことを気にかけている。

 

「今まではチームメイトのグループメールとかも、ただ見ているだけだった。でも、今は皆の会話に加わって冗談を言い合ったりもしている。チームメイトによると、ホンブルクのホテルの部屋には蜘蛛が一杯いたんだってよ(笑) もし自分がそこにいたと思うと恐ろしいよ……(苦笑)。以前よりも明らかに皆と会話を交わすようになったね。自分の今の歳も関係していると思う。周りの選手が自分のことをリスペクトしてくれているのを感じる。それに対して、自分も応えなきゃならないという思いもあるのかもしれない」

 

 ところで、現在シュトゥットガルトの家探しをしている細貝はホテル暮らしを続けている。彼自身、ホテル生活にはストレスを感じないようだが、筆者個人としてはもどかしい点もある。彼はかなりの出不精で、新たな街を訪れたり、そこに定住することになっても、めったなことでは街中を出歩かない。今も彼はホテルからクラブハウス、リハビリ施設への往復を繰り返していて、シュトゥットガルトの中心街へも行っていないという。

「ホテルから離れることがほとんどない。食事もホテルの中のレストランで済ませたり、外で食事するにしてもホテルの横に建つレストランや、練習が終わった後はクラブハウスに隣接しているレストランで食事してホテルに帰ってきている。シュツットガルトの街? まだ全然分からない。。ほとんど出歩いていないから(笑)。でも家族が来たら色々出歩くつもりだよ。」

 

 プロサッカー選手の職務に邁進する彼は、他の事にはほとんど関心を示さない。それも彼らしいとはいえ、せっかく日本とは異なる文化、風土の中で成り立つ由緒ある街並みに身を置いているのだから、その雰囲気を存分に満喫しても良いのではと思ってしまう。

 と訝って(いぶかって)いたら、彼がこの街で興味を示す物があった。

 

「まぁ知ってると思うんけど、シュトゥットガルトは自動車メーカーのメルセデス・ベンツがオーナー企業なんだよ。シュツットガルトは自動車産業が盛んな街。僕は車が大好きだから、その点はとても興味があるよ。でも、実はまだ自分の車を入手していないんだ。アメリカから運んでる最中。もうすぐ納車されるんだけど、今はそれをとても楽しみにしてるよ」

 

 ちなみに現在の宿泊ホテルからクラブハウスには徒歩で通っているらしい。そうか。彼が車を得れば、その活動範囲が劇的に広がるのかもしれない。そういえばベルリンでもブルサでも、車を運転している時の彼はどこか楽しそうだった。嬉々とした様子で車のことを話す彼の声を聞いて、ひとり納得してしまった。

(続く)