Column2016/09/25

【Column-019】 [光り輝く街で-08]  『心機一転』

 

ヨス・ルフカイ監督が突如退任したVfBシュトゥットガルトは、コーチを務めていたオラフ・ヤンセン暫定監督が指揮を執る形でブンデスリーガ2部第5節のアウェー・カイザースラウテルン戦に臨み、このゲームを1−0で勝利した。

 ヤンセン監督はルフカイ監督退任直後に細貝萌へ対し、「調子はどうだ?」と聞き、細貝は「大丈夫、何も問題ない」と返していた。指揮官とすれば、約3週間半の間ケガで戦列を離れていた彼のコンディションをしっかり確認したかったのだろう。ヤンセン監督は元々ルフカイ監督の下でコーチを務めており、『ルフカイ体制』の解体を目論むチーム首脳陣のプランでは、数試合後にその座を退くことが確実視されていた。ただ細貝としては体制の懸念よりもチームの勝利、何よりシュトゥットガルトが今季2部から1部へ返り咲けるように心血を注ぐことのほうが重要だった。そのためならば、どんな犠牲も厭わない。その覚悟を胸に、ケガからの復帰戦になるカイザースラウテルン戦は是が非でも先発出場したかった。

 今季の細貝のポジションはチームキャプテンであるクリスティアン・ゲントナーともに中盤中央に位置するボランチだ。しかしゲントナーは攻撃面で多大な影響を及ぶすタイプであるため、細貝はほぼアンカーの役割を担ってチームの連結役と守備の引き締めを図る。それは監督が交代しても変わらず、カイザースラウテルン戦での彼は自らの職務に邁進してチームの勝利に貢献した。

 ただ、試合後に彼が喜びを露わにしたのは自らのことではなく、チームの勝利と同僚に対してだった。

「アウェーで勝利できたのは大きいね。しかも監督が代わって初戦だから本当に重要だった。あと、(浅野)拓磨も先発したよね。彼は能力が高いからそれも当然だと思ってる。今後はもっと活躍すると思う。ただ、アイツも早く得点が欲しいだろうね。良い意味でアイツを焦らせるためにも、俺が先に点を取っちゃおうかな(笑)。いや、今の自分にそんな余裕はないか…(笑)」

 

また、細貝には明らかにしたいことがあった。それはルフカイ監督が退任した際の一連の報道についてだ。

 

「いくつかの報道で、ルフカイ監督が何人かの選手の獲得、加入などについてチーム関係者と意見の相違があったと書かれていたらしいけど、少なくとも拓磨については、監督はとても評価していたし、彼の力に期待を掛けていた。自分自身も監督からそのような意見を聞いていた。実際には短い時間だけど、ルフカイ監督がチームを率いていた時期に、拓磨に対して丁寧に指導している場面もあったから」

 

日本人の後輩の立場を引き立てるのも彼らしい所作だ。己のことに専念するのもプロサッカー選手の務めだが、細貝に関してはむしろ浅野だけに限らず、様々なチームメイトと積極的にコミュニケーションを取り続ける方が結局、自らのベースアップに繋がると感じているのかもしれない。

 

    カイザースラウテルン戦を終えたチームは、続いて中2日で現在リーガ2部首位に立つブラウンシュバイクとの一戦に臨み、2−0で勝利した。このゲームでは浅野がケヴィン・グロスクロイツの2点目をアシストし、細貝も2戦連続でフル出場を果たして大きな手応えを得た一戦だった。

「この前のホーム戦(第4節・ハイデンハイム戦)は自分がケガで欠場した中で負けていたから、今日は何としても勝利したかった。自分としては、前半は特にアンカーの位置でチームのバランスをしっかり取れたと思う。課題は後半だね。とにかく負傷明けから中2日で2戦連続出場したから身体がガチガチだよ。やっぱり30歳になって、俺ももう歳だよね(笑)」

 

    無尽蔵のスタミナでピッチを走り回った彼には心地良い疲労と達成感が充満していた。ようやくシュトゥットガルトの一員として結果にコミットできた。試合後の彼の表情は柔らかく、そして力強かった。ただ、それでも反省は忘れない。宿舎に帰り一息つくと、おもむろにパソコンを開いて先程まで行われていたブラウンシュバイク戦の試合映像を凝視する。それは細貝自身のプレーを切り出す分析映像だった。

「ああ、ここでのミスは絶対駄目」、「この試合、最初のワンプレーで拓磨が見えた場合、例え厳しい状況でも彼の裏へパスしようと自分の中で決めてたんだよね。でも、そのパスをミスしてしまって、相手キーパーのところへ行っちゃったよ(笑)」、「何でここで踏ん張れなかったんだろう?」。

 

     口に出るのは悔恨の言葉ばかりだった。翌日のドイツ専門紙の『BILD 』では、細貝に『2』の採点が付けられていた(6点満点で1が最高)。勝利したシュトゥットガルトの中では先制点を挙げたDFトニ・シュニッチと数々のビッグセーブを連発したGKミッチェル・ランゲラクと並ぶチーム最高採点だった。それでも彼は一層の飛躍を誓う。

「本当に良いプレーをしたら『1』をもらえるわけでしょ? 『1』をもらうくらいの明確な活躍をしたら喜びたい。今は一喜一憂してられないよ」

 連勝を果たし、首位チームを粉砕した結果、シュトゥットガルトはリーガ2部2位に躍り出た。そして試合終了直後、シュトゥットガルトのヤン・シュインデルマイザーSD(スポーツディレクター)から、ボルシア・ドルトムントの下部組織で監督を務めていたハネス・ヴォルフ氏を新指揮官として招聘したことが発表された。

(続く)