Column2016/08/27

【Column-015】 [光り輝く街で-04]  『21歳の若者』

 

 浅野拓磨がシュトゥットガルトに来た。ブラジルで開催されたリオ・オリンピックに出場したU-23日本代表選手のFW。今夏、サンフレッチェ広島からイングランド・プレミアリーグのアーセナルへ完全移籍し、そこからレンタル移籍する形でドイツ・ブンデスリーガ2部のVfBシュトゥットガルトへ加入することが決まった。

 

   21歳の浅野は今回が初の海外クラブ所属になる。日本からヨーロッパへ移り住み、プロスポーツの世界で生きていくには様々な困難を伴う。それを先駆者として体現してきた細貝萌は、後輩に出来る限りのアドバイスをしようと思っている。

「シュトゥットガルトから浅野君へレンタル移籍のオファーが出されていたのは当然チームから聞いていたので知っていたけど、彼には他の1部のクラブからもオファーがあると聞いていたから、今季2部のシュトゥットガルトへ来る可能性はあまりないのかなと思っていたんだよね。ただ、選択肢のひとつとしてシュトゥットガルトが挙がっているのならば、このクラブがどんなところなのかくらいは僕からは説明できる。僕はクラブの強化部門ではないから、彼に『ぜひ一緒にプレーしよう』などとは一切言わなかった。あくまでも、彼が様々な選択肢を持つ中で、その決断の材料になればという思いで連絡取り合い、彼と話をしたんだよね。彼がオファーを受けていたクラブで僕がプレーしたことのあるクラブもあったから、そこのクラブの良いところも彼に素直に伝えたりした」

 

   細貝はメディカルチェックを受けるためにシュトゥットガルトへ着いた浅野、そしてチーム関係者と早速食事を共にした。細貝は1986年生まれ、浅野は1994年生まれで8歳の差がある。細貝が抱いた浅野の第一印象は「元気で、素直で、とても良い子。それに上半身が凄い鍛えられているなとも思った(笑)」という。

 

   細貝はヘルタ・ベルリン在籍時代にも日本人の歳下の後輩とチームメイトだったことがある。原口元気。かつて浦和レッズでも共に戦った若武者に対して、細貝は出来る限りのサポートをした。

「初めての海外というのは、自分も経験してきたけど、とても不安なものだと思う。その時に全てではないけど、少しでもストレスなくプレー出来るように手助けできればというのが自分の考え。彼らには能力があるんだから自然と活躍するんだから」

 浅野はスピードとパワーを武器に前線で疾駆するFWだ。かたや細貝はボランチやセンターバック、時にサイドバックのポジションでチームを支えるディフェンシブプレーヤーである。

「ピッチ上で言えば、彼が前で気持ちよくプレーし、後方からそれを支えていけるのが理想かな。ピッチ外で言えば、選手達やスタッフとのコミュニケーション。彼がチームメイト全員と良好な関係を築き上げていく際に、何か困っている時に僕から手を差し伸べられたらいいし、彼にプラスになることだったら喜んでするつもりだよ。」

 

  浅野はまず、言語の問題に直面するだろう。ヨス・ルフカイ監督は基本的にチームに各国の通訳を入れないスタンスを持つ。ベースはドイツ語でのコミュニケーションが求められる。当然日本語で会話できるのは細貝と浅野だけだ。それでも細貝は言う。

「言葉は、はっきり言ってそれほど問題じゃないよ。最初はわからないのは当然なんだから。それに生き残っていくためには皆言語を勉強するからね、それが当たり前。努力もせず、言葉を覚える気がなかったりしたらやっていけない。だけどこの世界ではまず、ピッチに立って、どれだけのプレーが出来るかが重要だよね。イングランドのアーセナルと契約して、力を認められてる浅野くんなら大丈夫。心配しなくてもいい。それを僕がしっかりサポートしていく。彼のプレーを一回でも見せつけられれば、チームスタッフも選手も、そしてサポーターも、浅野くんの獲得を誰もが喜ぶのは間違いないよ、彼の活躍は僕のサポート次第かな(笑)。彼には気持ちよくプレーしてもらいたいし、そのために僕も全力を尽くすつもり。ピッチ上ではもちろん、ピッチ外でもね」

 

 経験豊かな先輩選手は将来有望な若きアタッカーに最大限の賛辞を送るとともに、共に闘う仲間として揺るぎない信頼の念を示した。

 

つづく

 

 

Column2016/08/25

【Column-014】 [光り輝く街で-03]  『彼が興味のあるもの』

 

8月13日のフォルトナ・デュッセルドルフ戦から約10日が経過した。左足太もも前肉離れを発症した細貝萌は今、リハビリに勤しんでいる。ヘルタ・ベルリンからシュツットガルトへ完全移籍して2試合目の公式戦出場で負傷し、忸怩たる思いでチームを離脱した彼は、新たな心境を携え、ポジティブな時を過ごしている。

 

 負傷の要因はデュッセルドルフ戦の前、公式戦初戦のザンクトパウリ戦にあった。局面での争いで相手選手と交錯して左腿を痛打し、尋常ではない痛みが走った。重度の打撲だったことは確かだが、歩く際にも鈍痛を感じ、ダメージを危惧した。そしてデュッセルドルフ戦では、何の接触もないプレーで肉離れが起きてピッチを離れた。細貝の左腿は打撲による内出血が起きていて、その影響から他の箇所に影響を及ぼしたのだった。

「腿の打撲は予想よりも結構酷かった。でも、ケガの状況は日々良くなっている。肉離れをした箇所は生活していて全く痛みもない。それよりも打撲した箇所が今でも痛いんだよね。それだけザンクトパウリ戦で負った打撲は深刻なものだったんだと思う。でも、こういうケガも、ここでしっかり治すことで次のチャンスへと繋がると思う。ここまでヘルタからシュツットガルトへ移籍してきて全力で物事に取り組んできたけど、ここで少し休んで、心身のリフレッシュを図る時なのかもしれない」

 

 デュッセルドルフ戦から8日後、チームはDFBポカール(ドイツカップ戦)のFC08ホンブルク戦を3-0で勝利した。ホンブルクはブンデスリーガ4部に属し、シュトゥットガルトから西へ車で約2時間の距離にある、フランス国境近郊の小さな街だ。アウェー戦に赴いたチームメイトはホテルやスタジアムの環境などに苦戦したらしく、細貝はグループメールで仲間の近況を聞いていたという。

 

 チーム内のコミュニケーションは日に日に深まっている。現在はリハビリメニュー中でチームの全体練習に加われないが、あえて全体練習と同時刻にクラブハウスへ行って練習の様子を見学したり、室内でのリハビリメニューを終えた頃にクラブハウス内のロッカールームへ帰ってくるチームメイトと積極的に会話を交わしに行っている。若い頃の細貝はここまで積極的にコミュニケーションを取るタイプではなかったが、Jリーグ、ドイツ・ブンデスリーガ、トルコ・シュペルリガでのプレー経験を経てから考えを変えた。自らの力をチームに還元させることで何らかの作用が起これば良い。最終的にチームの勝利に繋がれば良い。その思いから、細貝は自らが負傷中でも常に仲間のことを気にかけている。

 

「今まではチームメイトのグループメールとかも、ただ見ているだけだった。でも、今は皆の会話に加わって冗談を言い合ったりもしている。チームメイトによると、ホンブルクのホテルの部屋には蜘蛛が一杯いたんだってよ(笑) もし自分がそこにいたと思うと恐ろしいよ……(苦笑)。以前よりも明らかに皆と会話を交わすようになったね。自分の今の歳も関係していると思う。周りの選手が自分のことをリスペクトしてくれているのを感じる。それに対して、自分も応えなきゃならないという思いもあるのかもしれない」

 

 ところで、現在シュトゥットガルトの家探しをしている細貝はホテル暮らしを続けている。彼自身、ホテル生活にはストレスを感じないようだが、筆者個人としてはもどかしい点もある。彼はかなりの出不精で、新たな街を訪れたり、そこに定住することになっても、めったなことでは街中を出歩かない。今も彼はホテルからクラブハウス、リハビリ施設への往復を繰り返していて、シュトゥットガルトの中心街へも行っていないという。

「ホテルから離れることがほとんどない。食事もホテルの中のレストランで済ませたり、外で食事するにしてもホテルの横に建つレストランや、練習が終わった後はクラブハウスに隣接しているレストランで食事してホテルに帰ってきている。シュツットガルトの街? まだ全然分からない。。ほとんど出歩いていないから(笑)。でも家族が来たら色々出歩くつもりだよ。」

 

 プロサッカー選手の職務に邁進する彼は、他の事にはほとんど関心を示さない。それも彼らしいとはいえ、せっかく日本とは異なる文化、風土の中で成り立つ由緒ある街並みに身を置いているのだから、その雰囲気を存分に満喫しても良いのではと思ってしまう。

 と訝って(いぶかって)いたら、彼がこの街で興味を示す物があった。

 

「まぁ知ってると思うんけど、シュトゥットガルトは自動車メーカーのメルセデス・ベンツがオーナー企業なんだよ。シュツットガルトは自動車産業が盛んな街。僕は車が大好きだから、その点はとても興味があるよ。でも、実はまだ自分の車を入手していないんだ。アメリカから運んでる最中。もうすぐ納車されるんだけど、今はそれをとても楽しみにしてるよ」

 

 ちなみに現在の宿泊ホテルからクラブハウスには徒歩で通っているらしい。そうか。彼が車を得れば、その活動範囲が劇的に広がるのかもしれない。そういえばベルリンでもブルサでも、車を運転している時の彼はどこか楽しそうだった。嬉々とした様子で車のことを話す彼の声を聞いて、ひとり納得してしまった。

(続く)

 

Column2016/08/15

【Column-013】 [光り輝く街で-02]  『立ち止まる時』

 

 センターバックからボールを受けて、ワンタッチしてターンして味方にボールを預けた。何でもない一連のプレーだ。それなのに、左もも前の筋肉がピンと張りつめた感触があった。異変を察しながらプレーを続けたが、こらえ切れなくなって審判に異常を訴え、ピッチに倒れ込んだ。駄目かもしれない。観念した細貝萌は、ヨス・ルフカイ監督に交代を申し出て、僅か11分でその場を去った。

 

 実は開幕戦の前節、ザンクトパウリ戦で予兆はあった。セカンドボールの競り合いからの流れで、相手よりも一歩先んじてボールを奪い味方に預けた直後、勢い余った相手のキックが自らの左膝上付近を痛打した。腿に強烈な痛みが生じたが、同時に何故か喉の奥を裂傷して大量に出血した。ルフカイ監督がプレーを続行できるか問い質したが、本人はプレーし続けると即決した。原因は分からないが、喉奥の出血は腿の打撲のダメージを如実に物語っていた。試合が終わり、自宅に戻っても腿の痛みが引かない。結局この日は2時間しか寝られず、アイシングなどの治療に専念した。そして、中3日で予定されていたデュッセルドルフとのアウェー戦に向けて準備を重ねた。

本来ならば、出場を回避して治療に専念すべきだったのかもしれない。しかし、自らの力を請われて2部に瀕するチームを1部に昇格させる責務を負った身としては、断固として譲れなかった。試合に出場し続ける。信念に突き動かされた彼は、過密日程の中でアウェーのピッチに立ち、そして倒れた。

 

「左太もも前の肉離れ。全治は2,3週間という診断を受けた。これまで皮膚の問題で離脱したことはあるけど、こういう怪我は浦和レッズに在籍していた時代まで遡らなければならないほど記憶に無い。前にも言ったけど、ザンクトパウリ戦で打撲していた。でも、中3日の試合も当然出場したかったし、出来ると判断したからプレーもした。打撲した箇所に関してはドクターともしっかり話して治療やマッサージなどをして、出来る限り回復させたつもりだった。打撲箇所は当然痛みがあったけど、デュッセルドルフとのゲームでウォーミングアップしていた時は身体も温まってプレーに何も問題はなかった。思った以上に症状が悪かったのかもしれないけれども、それでもプレーはできると思っていた。その結果、11分で交代してチームに迷惑をかけてしまったことを悔やんでいる。結局チームも敗戦してしまったから」

 連勝したかった。41年ぶりに2部降格を喫した名門の復活に、自らの力が求められている。ヘルタ・ベルリンから完全移籍して僅か10日後にスタメン起用してくれた監督の信頼にも応えたかった。三十路を迎え、若手選手にプロサッカー選手としての姿勢を示したかった。毎日、誰よりも遅くまでクラブハウスに残り、鍛錬に務めてきた。それなのに、結果的には自らが足を引っ張り、僅かな交代枠を使わせてしまい、チームは敗戦を喫した。悔やんでも悔やみ切れない……。

 簡単じゃないことは分かっていた。チームが始動する中で、自らは移籍交渉の事情で途中合流した身だった。2部であろうとも結果を残すのは難しい。それでも移籍金を払って獲得してくれたクラブの恩義に報いたい。その一心で闘ってきたが、小休止を余儀なくされた。

 それでも前向きに考える。肉離れのケガが全治2、3週間だったことは幸いだった。もしかしたら、普段の心身のケアが症状をここまで軽くしてくれたのかもしれない。膝付近はデリケートで、重いケガの場合は1年以上の離脱を余儀なくされることもある。それを考えれば、早期復帰の見通しが立つケガだったことは不幸中の幸いだった。カップ戦1試合、リーグ戦1試合を欠場すれば、国際Aマッチウィークを挟んで次のリーグ戦で復帰できる予定だ。

 しかし、焦りは禁物だ。今季は所属クラブが決まらない中、気を張った状況が続いてきた。相手のキックを腿に受けてダメージを加えられたとはいえ、何故喉の奥が裂けたのか、今でも分からない。ただ、このシーンに関して言えば、それだけの衝撃だったという証だ。

 遠き日本で思う。細貝萌は想像以上のプレッシャーに晒され、それでも踏ん張って闘い続けている。個人的な感情であることをご容赦願いたい。一瞬でもいいから、少しだけ休んで欲しい。2,3週間で復帰となると、最初の約1週間の間は何のストレスもなく、安住の日々を過ごしてほしい。ルフカイ監督は間違いなく彼を信頼しているはずだ。そして共に闘う仲間も、わずか1試合と11分の間に、その闘志を垣間見たはずだ。サッカーという競技はピッチに立つ11人だけではなく、その他の選手、チームスタッフ、クラブに従事する方々、そして献身的なサポーターが支えている。挽回の時は必ず来る。

 

 細貝の負傷のニュースが流れた時、かつて北京五輪の舞台で共に戦った西川周作(浦和レッズ)が、すぐに本人へメールを送った。

「ハジ、ケガしたんだって? 移籍したばかりなのに……。でも、ハジはこんなことでへこたれないよね。強い選手だもん。でも、少しだけ休んで欲しいな。それで、十分休んだら、また走り続けて欲しい」

 彼に期待を寄せる者がいる。日本、トルコ、ドイツ。細貝萌が辿った道筋に、その痕跡が刻まれている。

 

続く