Column2016/10/8

【Column-021】 [光り輝く街で-10]  『新チームで輝く』

 

 ブンデスリーガ2部第9節のグロイター・フュルト戦を前にして、細貝萌にはある不安が渦巻いていた。それはシュトゥットガルトのハネス・ヴォルフ監督に自らの能力を誇示できるかどうか。35歳のヴォルフ監督は細貝よりも僅か5歳年上だが、現場の最高責任者としてチームを束ねる裁量を得ている。所属選手たちは、この野心的な若き新指揮官の下でスタメン争いを繰り広げるわけだが、細貝にはかつて、新たな指揮官がチームを率いた際の苦い経験がある。

 ヘルタ・ベルリン時代、ヨス・ルフカイ監督が成績不振で解任された後を引き継いだパル・ダルダイ監督は細貝をトレーニングや紅白戦などでも試さず、有無を言わせずに日本人MFを戦力外リストに加えた。細貝としてはまず、日々の練習で自らの力をアピールして他のチームメイトと共に戦いたかった。だがダルダイ監督は最初から細貝をチーム戦力と見なしていなかったのだろう。これでは勝負にならない。通常のトレーニングメニューから外され、監督の息子がトレーニングマッチに出場するのをグラウンド脇で観る屈辱を味わい、最終的には練習が始まり20分もすると一人だけロッカーに帰されることもあった。彼は居場所を完全に失い、他クラブへの移籍を模索するしかなかった。

 

 そして今季、細貝が所属するシュトゥットガルトでも、今度はルフカイ監督が自ら退任の意思表示をしてチームを去ってしまった。8月からシュトゥットガルトに加入し、この地で懸命に鍛錬を重ねてきた細貝にはある程度の自信もあったが、再び訪れた監督交代の余波を受け、自らの心の揺らぎを感じていたのである。

「第8節のボーフム戦は中2日の3連戦の最後のゲームということもあって、チーム全体が疲労を抱えていた。また、自分自身のパフォーマンスもあまり良くなかった。最後は走り切ることもできなかったしね。その後、次のゲームまで10日間あって、ここでようやくヴォルフ監督体制でのトレーニングが始まった。ヴォルフ監督はボーフム戦が初の指揮だったけど、この時は連戦中だったから、じっくりとチームを観察できなかったと思う。つまり今がまさにチーム内競争の始まりなわけで、僕ら選手は懸命にアピールをしなくてはならない状況だよね。その中で自分は、練習でのプレー内容もそこまで良くなかったから、次の試合はベンチに回るかもしれない」

 

 少しの不安を抱えて迎えたグロイター戦。細貝は当然のようにアンカーのポジションでスタメンし、4-0の快勝に貢献した。

「結果的には良かった。前半の5分で2-0。立ち上がりで点が取れたのが何より大きかった。それによって中盤でのプレーも余裕ができたと思う。ただ、それでも前半はピンチが結構あったから、そこで相手に決められていたら結果も変わったかもしれない」

 グロイター戦は浅野拓磨が日本代表に招集されたために欠場した。シュトゥットガルトにもヨーロッパの各国代表選手が在籍し、彼らは今試合後に代表チームへ招集されたが、浅野はアジアでのワールドカップ予選を戦うために移動時間を考慮され、インターナショナルマッチウィークの規定に沿って強制的に日本へ戻されてしまった。浅野も新天地で新指揮官にアピールする機会は重要である。だが、彼は日本への帰国を余儀なくされ、代わって先発した22歳のポルトガル人FWカルロス・マネがグロイター戦で2ゴールした。

「拓磨もヴォルフ監督の下で自分の力を見せつけなきゃいけない状況だよね。今回の試合はマネが2ゴールしてかなりの存在を示したからね。マネはスポルティング・リスボンからレンタル移籍してきた選手で、アーセナルからレンタル移籍中の拓磨とは立場が似ている。またマネは今、拓磨がプレーしている右のFWで力を発揮する選手だから強力なライバルだよね。ただ拓磨は左右のウイングよりも、1トップで力を発揮すると思うし、何より今回の日本代表のゲームはウチのチームスタッフも当然スカウティングしているから、彼もこの間にアピールできる余地は十分にあると思う」

 

 ところで、10月5日にようやく細貝の伴侶と愛娘がシュトゥットガルトにやってきた。7月に日本からベルリンへ渡り、ヘルタからシュトゥットガルトへ移籍を果たすなどした細貝は約3か月の間、家族と離れて暮らしていた。

 シュトゥットガルトでは家族と暮らす家も借り、ここから新たな生活が始まる。

「実は今回借りた市内中心部の家は、奥さんに雰囲気も間取りも、どんな場所にあるのかも一切言わないで決めたんだ。家の写真すら送ってない(笑)。すぐ近くに買い物ができるスーパーがあるとは言ったけど。今日、ようやくここに来るから、家の感想を奥さんから聞いたら、また報告するよ(笑)」

 家族を空港へ迎えに行く車中で、備え付けのハンズフリーの電話を通して、嬉々とした細貝の声が響いた。

(続く)

Column2016/10/2

【Column-020】 [光り輝く街で-09]  『中軸として』

 細貝萌がヘルタ・ベルリンからVfBシュトゥットガルトへ完全移籍した理由はいくつかある。そのひとつにヨス・ルフカイ監督の存在があったことは確かだ。2011年初頭にJリーグの浦和レッズからドイツ・ブンデスリーガのバイヤー・レヴァークーゼンへ移籍した彼がすぐさまレンタル移籍した先が、ルフカイ監督率いるアウクスブルクだった。日本人MFの能力を見出した指揮官はその後、ヘルタ・ベルリンでも細貝と揺るぎない信頼関係を構築した。

しかし、今季からシュトゥットガルトの指揮官に就任したルフカイ監督は突如辞任を表明し、チームから去ってしまった。

細貝自身は恩師との別れを冷静に捉えようとしたが、やはり動揺は隠せなかった。

彼はヘルタ時代に、同じくルフカイ監督と別れた後、(2015年2月にルフカイ監督が解任され、新たにパル・ダルダイ監督が就任)大きなダメージを負った経験があるからだ。

 

 だが、彼の懸念はひとまず杞憂に終わった。ルフカイ監督の後を引き継いだ暫定監督のオラフ・ヤンセンは当然の如く、アウェーのカイザースラウテルン戦で細貝を先発起用してフル出場させた。左太もも前肉離れで約3週間チームから離れていたにも関わらず、暫定監督は彼をアンカーのポジションで起用し、続くホームでの首位・ブラウンシュヴァイクとの一戦でも連続フル出場させたのだった。そして、ブラウンシュヴァイク戦後にヤン・シュインデルマイザーSD(スポーツディレクター)から新監督の正式就任が発表された。ボルシア・ドルトムントの下部組織で監督を務めていたハネス・ヴォルフ氏で、年齢は35歳だという。細貝とわずか5歳差の新進気鋭にチームを委ねる。この決断が41年ぶりに2部降格を喫したシュトゥットガルトにどのような影響を及ぼすのかは誰にも分からないが、細貝自身は新指揮官の就任をどう思っているのか。

 

「新しい監督とはクラブハウスで初めて会って、その時にしっかり話をしました。これからまた、チーム内のスタメン争いが始まると思うけど、自分は自らの役割を全うするだけだからね」

 

 新指揮官就任初戦となったアウェーのVfLボーフム戦、細貝はこれまで通りアンカーのポジションで先発フル出場した。カイザースラウテルン戦、ブラウンシュヴァイク戦、そしてボーフム戦は中2日の連戦という強行軍だったが、細貝は3試合連続で先発フル出場を果たした。指揮官が代わっても立場が変わらないのは、彼がこれまで築き上げてきた実績と信頼の証でもある。その証拠に、この3試合では常に中盤中央に立つ細貝の下にパスが集まり、彼を経由して攻撃が始まっていた。特にバックラインからビルドアップする際は味方選手が細貝の姿を探す所作が目立ったし、中盤でコンビを組むキャプテンのクリスティアン・ゲントナー、攻撃を司るアレクサンドル・マキシム、左ウイングのケヴィン・グロスクロイツ、そして右ウイングのポジションでチャンスを生み出す浅野拓磨は細貝のパスを受けるために精力的にピッチを駆けた。

 

 シュトゥットガルトのキープレーヤーは細貝であることは内外に示された。その影響は如実に示されている。3連戦最後の試合となるアウェーのVfLボーフム戦。敵将のヘルトヤン・フェルベーク監督はアンカーの細貝に対してマンマーク守備を敷いた。細貝が自陣奥深くでボールキープしようとした瞬間に相手トップ下が襲い掛かる。自由を奪われた細貝はビルドアップに難儀し、ここ2試合のようなオーガーナイズを施せなかった。結局シュトゥットガルトはゲントナーのゴールで先制したものの、終盤は防戦一方となり、79分にヨハネス・ヴュルツにゴールを奪われて同点に追い付かれ、試合は1-1で終了した。

「今日は全然駄目だった。相手がずっと近くにいたからボールにもあまり触れなかったし、70分過ぎからは身体も一気に重くなった」

 怪我明けすぐに中2日で続いたハードな連戦を経て、細貝は自らの課題と成長を実感している。シュトゥットガルトは4勝1分2敗の勝ち点13で、首位・ブラウンシュヴァイクと勝ち点5差の5位に付けている。

 

(続く)

 

Column2016/09/25

【Column-019】 [光り輝く街で-08]  『心機一転』

 

ヨス・ルフカイ監督が突如退任したVfBシュトゥットガルトは、コーチを務めていたオラフ・ヤンセン暫定監督が指揮を執る形でブンデスリーガ2部第5節のアウェー・カイザースラウテルン戦に臨み、このゲームを1−0で勝利した。

 ヤンセン監督はルフカイ監督退任直後に細貝萌へ対し、「調子はどうだ?」と聞き、細貝は「大丈夫、何も問題ない」と返していた。指揮官とすれば、約3週間半の間ケガで戦列を離れていた彼のコンディションをしっかり確認したかったのだろう。ヤンセン監督は元々ルフカイ監督の下でコーチを務めており、『ルフカイ体制』の解体を目論むチーム首脳陣のプランでは、数試合後にその座を退くことが確実視されていた。ただ細貝としては体制の懸念よりもチームの勝利、何よりシュトゥットガルトが今季2部から1部へ返り咲けるように心血を注ぐことのほうが重要だった。そのためならば、どんな犠牲も厭わない。その覚悟を胸に、ケガからの復帰戦になるカイザースラウテルン戦は是が非でも先発出場したかった。

 今季の細貝のポジションはチームキャプテンであるクリスティアン・ゲントナーともに中盤中央に位置するボランチだ。しかしゲントナーは攻撃面で多大な影響を及ぶすタイプであるため、細貝はほぼアンカーの役割を担ってチームの連結役と守備の引き締めを図る。それは監督が交代しても変わらず、カイザースラウテルン戦での彼は自らの職務に邁進してチームの勝利に貢献した。

 ただ、試合後に彼が喜びを露わにしたのは自らのことではなく、チームの勝利と同僚に対してだった。

「アウェーで勝利できたのは大きいね。しかも監督が代わって初戦だから本当に重要だった。あと、(浅野)拓磨も先発したよね。彼は能力が高いからそれも当然だと思ってる。今後はもっと活躍すると思う。ただ、アイツも早く得点が欲しいだろうね。良い意味でアイツを焦らせるためにも、俺が先に点を取っちゃおうかな(笑)。いや、今の自分にそんな余裕はないか…(笑)」

 

また、細貝には明らかにしたいことがあった。それはルフカイ監督が退任した際の一連の報道についてだ。

 

「いくつかの報道で、ルフカイ監督が何人かの選手の獲得、加入などについてチーム関係者と意見の相違があったと書かれていたらしいけど、少なくとも拓磨については、監督はとても評価していたし、彼の力に期待を掛けていた。自分自身も監督からそのような意見を聞いていた。実際には短い時間だけど、ルフカイ監督がチームを率いていた時期に、拓磨に対して丁寧に指導している場面もあったから」

 

日本人の後輩の立場を引き立てるのも彼らしい所作だ。己のことに専念するのもプロサッカー選手の務めだが、細貝に関してはむしろ浅野だけに限らず、様々なチームメイトと積極的にコミュニケーションを取り続ける方が結局、自らのベースアップに繋がると感じているのかもしれない。

 

    カイザースラウテルン戦を終えたチームは、続いて中2日で現在リーガ2部首位に立つブラウンシュバイクとの一戦に臨み、2−0で勝利した。このゲームでは浅野がケヴィン・グロスクロイツの2点目をアシストし、細貝も2戦連続でフル出場を果たして大きな手応えを得た一戦だった。

「この前のホーム戦(第4節・ハイデンハイム戦)は自分がケガで欠場した中で負けていたから、今日は何としても勝利したかった。自分としては、前半は特にアンカーの位置でチームのバランスをしっかり取れたと思う。課題は後半だね。とにかく負傷明けから中2日で2戦連続出場したから身体がガチガチだよ。やっぱり30歳になって、俺ももう歳だよね(笑)」

 

    無尽蔵のスタミナでピッチを走り回った彼には心地良い疲労と達成感が充満していた。ようやくシュトゥットガルトの一員として結果にコミットできた。試合後の彼の表情は柔らかく、そして力強かった。ただ、それでも反省は忘れない。宿舎に帰り一息つくと、おもむろにパソコンを開いて先程まで行われていたブラウンシュバイク戦の試合映像を凝視する。それは細貝自身のプレーを切り出す分析映像だった。

「ああ、ここでのミスは絶対駄目」、「この試合、最初のワンプレーで拓磨が見えた場合、例え厳しい状況でも彼の裏へパスしようと自分の中で決めてたんだよね。でも、そのパスをミスしてしまって、相手キーパーのところへ行っちゃったよ(笑)」、「何でここで踏ん張れなかったんだろう?」。

 

     口に出るのは悔恨の言葉ばかりだった。翌日のドイツ専門紙の『BILD 』では、細貝に『2』の採点が付けられていた(6点満点で1が最高)。勝利したシュトゥットガルトの中では先制点を挙げたDFトニ・シュニッチと数々のビッグセーブを連発したGKミッチェル・ランゲラクと並ぶチーム最高採点だった。それでも彼は一層の飛躍を誓う。

「本当に良いプレーをしたら『1』をもらえるわけでしょ? 『1』をもらうくらいの明確な活躍をしたら喜びたい。今は一喜一憂してられないよ」

 連勝を果たし、首位チームを粉砕した結果、シュトゥットガルトはリーガ2部2位に躍り出た。そして試合終了直後、シュトゥットガルトのヤン・シュインデルマイザーSD(スポーツディレクター)から、ボルシア・ドルトムントの下部組織で監督を務めていたハネス・ヴォルフ氏を新指揮官として招聘したことが発表された。

(続く)