Column2016/11/23

【Column-026】 [光り輝く街で-15]  『ステップ・バイ・ステップ』

 

 インターナショナルウィークによる中断が明け、ブンデスリーガ2部が再開した。現在、シュトゥットガルトは首位・ブラウンシュバイクに勝ち点1差の2位に付けていて、トップを射程圏に収めている。ハネス・ヴォルフ監督体制の下で着実にチーム強化を果たし、各国代表選手がチームを離脱していた中断期間中も仔細なトレーニングを積んで来るべき再開戦に向けて準備を整えている。

 右足小指を骨折してリハビリに務めていた細貝萌も11月10日に全体練習へ合流し、順調に復帰への道のりを辿っていた。フィジカルコンディションは良く、久しぶりにボールを蹴った時のフィーリングも申し分なかった。復帰時期はリーガが再開される11月20日のアウェー、ウニオン・ベルリン戦と定めていて、ヴォルフ監督以下コーチングスタッフとも話し合いを重ねていた。しかし、ベルリンへの遠征前々日の金曜日に練習を終えると、太腿前に筋肉の張りを感じたという。

「これまでリハビリ期間中はステップワークやランニングなどはしていたけど、ボールを蹴るトレーニングはそこまで多くはしていなかった。全体練習に合流してからは一瞬の判断からのシュート練習やロングキックの練習が多くなり、それによって足にダメージが蓄積されたんだと思う。ボールを蹴り分ける行為って、それなりに負担が掛かるものなんだよね」

 負傷せずにフルタイムで練習を積んでいる状況ならば、少しの足の張りで試合出場を回避することなどはしない。しかし、今回は約4週間のリハビリから復帰したばかりで、チームとともに練習した時間も短い。また、復帰時期をある程度定めたことで自然とハイペースで調整していた自覚もあった。その中で筋肉に異常を覚えたことで、慎重に判断する必要が生じた。

「念のために太腿前のMRI検査もしたんだけど、特に問題はなかった。ただ、症状が少しでもあると言うことはケガをする前の状態な訳で、あまり無理をすると肉離れに繋がる。ここまである程度の期間練習を積み重ねてきた状態ならば、今の状況でも問題なく練習も可能だし試合も特に問題ないんだけどね。でも今回のように復帰直後だとケガが連鎖するかもしれない。だから、ここで一旦ペースを落として身体を休めようと思った」

   ヴォルフ監督とは、試合前日の状況次第でアウェー遠征帯同の可否を決めると話し合っていた。監督は『できればハジを連れて行きたい』とも言ってくれ、意気に感じた部分もある。だが、今シーズンすでに2度の負傷と戦線離脱を余儀なくされた身としては、苦渋の決断をするしかなかった。

「より万全な状態で。とにかく万全な状態で戻らないと。今の時期に違和感ある中でまたケガをしてしまったら、ただの自滅だから。今回は自分もアウェーのベルリンへ行きたい気持ちが強かった。でも、そこで無理して、また離脱してしまったとしたら、それこそチームに迷惑を掛けてしまうよね。今はステップ・バイ・ステップで、焦らずに前進していく時期だと思っている」

 2部所属でありながら各国代表選手が居並ぶシュトゥットガルトはスタメン争いが苛烈だ。しかも、細貝が離脱してからのチームはポカールの2次ラウンドでブンデスリーガ1部のボルシアMGに敗戦したものの、リーガ2部では目下3連勝、そして今回のウニオン・ベルリン戦でも勝ち点1を得た。1か月以上も戦列を離れている細貝の立場は厳しく、復帰してもポジションは確約されていない。安易にライバルを蹴落とせるなどとは思えず、むしろ危機感は募るばかりだ。

「結果が出ている以上、そう簡単にチームをいじれないのは理解している。だからこそ心のなかでは少しでも早く復帰してプレーしたいとも思ってる。多少無理をしてでもね。でも、完全なコンディションに戻るまでは決して焦っちゃいけないと自分に強く言い聞かせている。今はその選択を選ぶべきだと思うんだよね。今は骨折が小指だったことも好意的に捉えている。もし1センチずれていれば、手術しなければならなかったかもしれないわけだし、数ヶ月離脱しなくてはならない状況だってありえた。結局今節はメンバーに入らず、復帰時期が伸びた。正直その選択を自分で下したのは本当に残念だし、監督もがっかりしているかもしれない。それでも、今は自分の状況を分かってもらうしかない。その信頼は、近い時期に復帰してプレーで取り戻すしかないよね」

 冬に突入したはずのシュトゥットガルトは今、不安定な天気が続いている。天候は雨が多いが、気温は18度前後まで上がる日もあれば、翌日には零下近くでも下がることもある。

「寒さは全く気にならないよ。もうドイツ暮らしも長いから、その中でのトレーニングへの準備の仕方も知ってる。天気や気温は何も問題ないよ」

 

 2018年のロシアワールドカップ出場を目指す日本代表がサウジアラビア代表に勝利したニュースが届いた。チームメイトの浅野拓磨は試合出場が叶わなかったが、浦和レッズ、そしてヘルタ・ベルリン時代の同僚だった原口元気がワールドカップ予選で4試合連続ゴールを記録した。

「僕は、(原口)元気のこれまでの頑張りを分かっている。彼が海外に移籍してきた当初に苦労していた時期に一緒に居たからね。今の元気は間違いなく代表を引っ張る存在だよね。でも、今の彼はブンデスリーガで常時試合出場を果たしているわけだから、それも当然だと思う。元気の何かが特別変わったと僕は思ってないんだよね。ただ、守備に関してはヘルタ時代に僕もうるさいくらい言った。きっと彼もうるさいと思っていただろうね(苦笑)。僕は常にピッチ上で元気の後ろに居たから、周りのチームメイトとの橋渡しをする意味でも通訳するような形でコーチングすることが多かった。僕にはピッチ上で後ろが言っていることを伝える役割もあったからね。でも正直言って、それが重要だったわけじゃない。元気の素晴らしいところは、そこで周囲の言葉に耳を傾けて自分の中で考え、新たな力を得ようとする意欲があること。ベルリンでの彼は全体練習が終わった後にスプリント系やフィジカル系、そして筋力トレーニングなど、様々な自主トレーニングを毎日のように熱心に行っていた。フィジカルコーチにも言葉を訳して欲しいから、元気に頼まれて何度も僕が間に入って話したこともある。僕もその間、彼の気持ちに助けられた気がする。その努力が今、彼のプレー傾向に表れているんじゃないかな。意識付け、ベースとなる体力つくり。その努力を怠っていないからこそ、彼は自分の力で成長しているんだと思う。年上とか年下とかは関係ないよ。僕はプロサッカー選手としての元気を本当にリスペクトしている。だからこそ、僕も早く復帰してピッチを駆け回りたい。強い気持ちを持って」

 かつての仲間から力を得て、細貝もまた、今戦うべき場所で闘志を高めている。

 

 

Column2016/11/12

【Column-025】 [光り輝く街で-14]  『復活の時』

 2016年11月9日。細貝萌はチームの通常練習に復帰した。

 10月12日の練習でチームメイトに激しく足を踏まれて右足小指を骨折した細貝は、3日後のブンデスリーガ2部第9節のディナモ・ドレスデン戦に痛み止めの注射を打って強行出場するも、チームは0-5の完敗を喫してしまう。細貝自身はアンカーのポジションで懸命にプレーしてフル出場したが、その後、麻酔が切れてからは激しい痛みに襲われ、ハネス・ヴォルフ監督やチームドクターらとディスカッションした末に、小指が完治するまで一時戦線離脱してリハビリに努めることを決断した。

 当初、クラブからは細貝の負傷が全治10日と発表されたが、本人とドクターで話し合った感覚では3週間前後のリハビリを覚悟していたという。ただ、日常的にスニーカーを履けないほどの痛みは想定外だったようで、日が経ち、辛いリハビリを重ねる中で次第に彼のストレスは溜まっていった。

「やっぱりリハビリは辛いよ。普段ボールを蹴ってトレーニングをしているサッカー選手としては、筋力トレーニングのような強度の高いメニューばかりはげんなりしてしまう。それが何週間も続いて、しかも患部の痛みが取れないとなれば、余計に気持ちも沈むよね。でも、ベストを尽くしてやったよ」

 

 2011年1月にドイツへ渡ってから5年半以上が経った。2015-2016シーズンにはトルコでもプレーしたが、細貝はその間にほとんど大きな負傷をしたことがなかった。ヘルタ・ベルリン在籍時代にストレス性の発疹を負ったことはあったが、今季はすでに2度も負傷している。その心労は計り知れず、焦燥の念が芽生えるのも当然だった。

 負傷から約1か月が経過した今、細貝の右足小指にはまだ痛みが残っている。しかし彼は復帰を決断し、通常練習に合流した。今は注射ではなく飲み薬を毎日服用し、患部の痛みを緩和させてボールを蹴っている。

「まだ痛みはあるけど、プレーできないほどじゃない。だから練習にも復帰した。それにチームドクターからは、『痛みが取れるのは確実に来年だね』とも言われている。骨が折れてしまったわけだから、それも仕方がないよね。今はもう、ある程度の痛みは我慢するしかないんだよね。だから、ヴォルフ監督との話し合いで『この状態で復帰する』ということになった。全体練習を全部こなしたから、今後はリバウンドなどを経過観察しなきゃいけないけど、この痛みの程度なら本番の試合で十分にパフォーマンスできる。痛みで自分のプレーレベルが落ちると思ったら復帰すべきじゃないし、足の状態が良くないからプレー内容が悪かったなんて言われたくないからね。そこはしっかり自覚して、ピッチに立つからには、これまでと同じパフォーマンスをしてチームに貢献したい。大丈夫。僕からこれを言い訳にすることは絶対にないから。これは自分のコラムだからこそこんなに詳しく発言しているど、周りにはそんなふうには言わないから」

 

 現在は各国代表の親善試合やワールドカップ予選開催によるナショナルウィークに入っている。シュトゥットガルトにも数多くの代表選手が在籍しており、かなりの選手がチームを離脱して母国へ帰還している。リーガの再開は11月20日のウニオン・ベルリン戦で、まだ10日前後のインターバルがある。

 実は、細貝は負傷の痛みと共に、ヨス・ルフカイ監督の辞任によって急遽シュトゥットガルトの指揮官に就任したヴォルフ監督とのコミュニケーション不足も懸念している。ヴォルフ監督はあらゆる選手と親身に接する聡明な指導者だが、やはり常時試合出場していないと密接で揺るぎない信頼を築けない。自らを評価してくれるのか、試合に出た数試合で自らのプレースタイルの特徴を完全に理解してくれるのか。新体制に移行したばかりの時期に負傷してしまったことでアピールが不足し、ピッチに立つ機会が減少してしまうのではないか……。

 ヘルタ時代にパル・ダルダイ監督から受けた冷遇は細貝自身のトラウマとして未だに渦巻いている。しかし今回、ヴォルフ監督は全体練習に復帰する細貝に対して、「小指の状態は大丈夫か?」と言葉を掛けてくれた。

「正直ヴォルフ監督が僕の足の状態を気遣ってくれただけで少し安心したよ。ベルリン時代のこともあるから少しナーバスになっていたけど、監督の言葉でスッと気持ちが落ち着いた部分もある」

 

 簡単な状況ではないことは理解している。それでも正当な競争の中に身を置き、正々堂々勝負してチームのために闘える今の境遇を有意義に思える。

「今は、ケガをする前よりも様々な事を考えられるようになった。自分に期待する意欲が沸々と湧いてきたよ」(了)

 

 

Column2016/10/16

【Column-022】 [光り輝く街で-11]  『傷心』

 

 VfLシュトゥットガルトはドイツ・ブンデスリーガ2部第8節のグロイター・フュルト戦で4−0の大勝を果たした。前節のVfLボーフム戦(△1−1)から指揮を執ったハネス・ヴォルフ新監督にとっては順風満帆なホーム戦勝利だ。試合では新戦力のカルロス・マネが2ゴールし、同じく新戦力で20歳のDFベンジャミン・パヴァードも初先発で素晴らしいプレーを披露してチームの勝利に貢献した。マネとパヴァードはイングランド・プレミアリーグから期限付き移籍した浅野拓磨と同時期にクラブが獲得した若手有望株である。ユース年代のチームで高い指導実績を誇るヴォルフ監督からすれば、彼らの起用は自らの手腕を誇示する格好のモデルケースになった。ちなみに浅野は日本代表に招集されて日本とオーストラリアへ遠征した影響で、グロイター・フェルト戦は欠場している。

 細貝萌は当初、恩師であるヨス・ルフカイ監督が突如監督を辞任したことでチーム内での自らの立場にどんな変化が生まれるのかを不安視していた。だが、35歳のヴォルフ監督は当然のように細貝をアンカーポジションで先発起用して信頼の証を示した。そして細貝から見たヴォルフ監督評も、非常に好意的なものだった。

「新監督は初めて会った時にもよく話をしてくれて、その後も良い関係性を築き上げられていると思う。僕よりも5歳年上なだけの指揮官というのは初めての経験だけど、何の違和感もないし、要求されるものが出来ればまた1つレベルアップ出来ると思う」

 しかし新監督の就任によって、チーム内には別の作用が働いていた。それは、新たなる競争と闘争の勃発である。

 チームの最高指揮官が代われば、当然所属選手の評価も変わる。前任のルフカイ監督の下で高評価を与えられた選手でも、ヴォルフ新監督がスタメンリストに名を記すとは限らない。実際にグロイター・フェルト戦ではエースFWのシモン・デロッデの負傷欠場でマネにチャンスが巡ってきたし、ボスニア・ヘルツェゴビナ代表のトニ・シュニッチに代わって前述のパヴァードがセンターバックで初先発している。こうなれば、日々の練習でもプレーが激しくなる。弱肉強食の世界と言われるヨーロッパサッカーの土壌ではその傾向が一層顕著になるだろう。しかも指揮官は35歳と若く、アピール次第ですぐに収入に直結するスタメンを確保できる可能性があるとなれば、選手たちの目の色が変わるのも無理はない。

 ブンデスリーガ2部第9節のディナモ・ドレスデン戦を控えた2日前の練習で、細貝とあるチームメイトが激しく交錯した。倒れ込んだ細貝の足に強烈な痛みが走る。異変を察してチームドクターの診断を受けると、細貝の右足小指の骨折が判明した。

「小指の痛みが激しくて、スニーカーも履けない状態。それでも今回の試合には麻酔を打って出場するつもり。ここでへこたれるわけにはいかないから」

 今週の練習は殺伐とした雰囲気が漂っていた。様々な局面で選手同士の争いが起き、掴み合いの喧嘩になることもあった。ある選手はチームから罰金を課せられて自省を促されてもいた。指揮官交代があらぬ作用を起こし、ようやく勝ち星を積み上げて順位を上げていたチームに暗雲をもたらしている。

 試合当日、麻酔が切れた状態の細貝の小指には激烈な痛みが走っていたが、注射を打てば足の感覚が無くなってひとまずプレーはできる。意を決してスタメン出場した細貝だったが、チームは敵地ドレスデンで前半38分から連続3失点して窮地に立ち、後半にも2ゴールを許して0−5の大敗を喫した。

「結果はボロ負け。前半終盤に連続で失点して、それが良くなかった。GKのゴールキックから中盤でボールを繋いだところを奪われて失点したり……。とにかく自分たちのチームバランスの悪さが目立った。1トップは重要なんだけど、今日は最前線でタメを生む選手が不在だった。今日1トップで起用されたマネはスピードのある選手。ただ、普段最前線でプレーすることはないので、守備の部分で彼がコースを限定できなかった。マネも後半に右サイドへ移ってからは本来の持ち味を出せていたよ。でも、やっぱりチーム全体のバランスは崩れたままだった。結果は0−5。とにかくこんなスコアはあり得ない。

 ヴォルフ監督になってからはボールポゼッションを高める戦術にシフトしつつあって、かなり細かい指導もされている。監督が代われば戦術もメンバーも代わる。それは当然のこと。ただ、新しいやり方に馴染むのに時間が掛かるのも当然のことだとも思う。ドレスデン戦は、最初はチームとしても個人としても悪い感覚はなかった。でも、結果は最悪なものだった。シュトゥットガルトは各国の代表選手が多くて、今週はその選手たちが代表戦から戻ってきたばかりという事情もあった。でも、それは言い訳にできない。今季のシュトゥットガルトは1年で2部から1部に復帰するというタスクがあるわけだから」

 ドイツ東部にある旧東ドイツのドレスデンからドイツ南西部のシュトゥットガルトまではチームバスで帰る。4時間以上も掛かる長い行程の中で、そろそろ右足小指の麻酔が切れる時間が迫っている。

「来週も麻酔を打ちながら練習を続けるかどうかはドクターと相談して決める。でも、やっぱりそれは厳しいみたいなんだよね……。そろそろ麻酔が切れると思うけど、どうなるか不安だね。とにかくずっとサンダルでの生活になりそうだよ。このまま負傷を抱えたままプレーを続けると、今後に響く可能性もある。チームにとって最適な方法を探るよ」

 シュトゥットガルトが大敗を喫する少し前、かつて細貝が所属した浦和レッズが2007シーズンのAFCアジア・チャンピオンズリーグ制覇以来9年ぶりのタイトルを獲得した。今季からYBCルヴァンカップと改称されたリーグカップ制覇は、浦和にとって2003シーズン以来13年ぶりの戴冠でもあった。

「周ちゃん(日本代表GK西川周作)がPKをストップしたんだってね。僕も嬉しいよ。かつての仲間も頑張ってる。自分も頑張らないと……。削られたとは言え、怪我してる場合じゃないんだけどね」

 傷心のチームバスの中で、細貝萌が出来うる限りの声を絞り出した。

(続く)